ガラスの靴は、返品不可!? 【後編】

「ロサンゼルスのシェルリーズで、客室清掃をしていた時のことでございます」

「は……い?」

マリーさんは子どもを諭す母親みたいな目で私をじっと見つめ、話し始めた。

「補充の物品を積んだカートを押しまして、廊下を歩いていたんです。そうしましたら、あるお部屋から男性が出てらっしゃいましてね。『君、これを着て一緒に来てくれ!』っておっしゃるんです。その方、とても有名な俳優さんでしたので、びっくりしたんですけどね。その時彼がわたくしに差し出したもの、一体何だったと思います?」

「……何だったんですか?」

「バスローブでございます」
ふふっとマリーさんが楽しそうに目を細めた。

「訳がわからないままそれに手を通しておりましたら、突然『急いで!』って彼に引っ張られまして。夢中で着いていきましたよ。後ろから誰かが追いかけてくる音がしたんですけど、怖くて振り向けませんでしたね。階段を駆け下りて、別のフロアを横切って、また階段へ……もうへとへとになりながら、地下の駐車場までたどりついた時、彼が言ったんです。『ありがとう。これくらいでもう十分だろう』とね」

「十分?」

「追いかけてきたのはパパラッチだったんでしょうね。部屋の中にいた恋人を逃がすための時間稼ぎだった、というわけですよ」

そしてマリーさんは、にんまりと私を覗き込んだ。

「さらに驚いたのは、翌日でございます。タブロイド紙に、わたくしのことが載ってたんですから!」

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