ガラスの靴は、返品不可!? 【後編】

望んだ口づけは、訪れなかった。
その代わり。

「拓巳が言ってた。妊娠初期は不安定な時期だから、我慢したって」

静かな声が聞こえて、目を開ける。

“我慢した”内容は、尋ねなくてもわかってる。
セックスのことだ。

「飛鳥のドクターはなんて? 今日確認してきたんだろ?」

昼間聞いた内容を思い出しながら、しぶしぶ口を開く。

「ちゃんと避妊具使うことと、体位に気を付ければ、特に制限はしませんって。でも……」
「でも?」
「初期のうちは、注意した方がいいって。ででも、あの……体調が大丈夫なら……」

基本的には問題ないって先生も、と続けようとした私を、「うん、わかった」とあっさりした言葉が遮り。
額にチュッと軽く、キスが落ちた。
「Good night, sweet heart」

そのまま体ごと、離れていく。
「寝てる間に、ベビーをつぶしちゃったらいけないだろ。僕、結構寝相悪いからね」

さっき感じた熱が嘘みたいに、冷静な口ぶり。
なんだか自分だけが欲しがってるみたいで、モヤッとしてしまう。

せっかく元の関係に戻れて。
離れてた間の距離を埋めたいと思ってるのは、私だけなの?


見事にぽっかり一人分開いた距離。
それでも余裕たっぷりの、キングサイズベッドが恨めしい。

隣から聞こえる安らかな寝息に悶々としながら、私はなかなか寝付けなかった。

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