僕らは春を迎えない
「ま、でもそれなら気兼ねなく押していいわけだ」
「え?」
顔を上げると、それまで手持ち無沙汰そうに折り紙に勤しんでいた薮内くんと目が合う。
バルーンリリースのイメージ構図をイラストに書き出していた私の向かいで鶴やらカエルを折っていた彼は、まさに今出来上がったそれをつまんでがう、と噛み付く真似をした。
「ティラノサウルス」
「すご!」
「終わった関係をとやかく聞いてもしゃーない。だったら新たなタッグで頑張るほか。一応立候補したその日の晩にバルーンリリースにかかる予算についてざっと調べてたんだ。今から俺は道具の確保手段と風船の使用数を進行用紙にまとめるよ、足立さんは引き続き完成図描くだろ?色味があったほうがいいから職員室行って画材もらってきな」
「ごめん、ありがとう。なる早で済ますよ」
「ううん。その絵、すごくよく描けてる」
自分の描いた絵に上手いね、なんて真っ向から肯定されたのはいつぶりだろうか。きっと小学校の図工以来だ。真っ直ぐ、淀みない眼差しで褒められたことに私はいとも簡単に天狗になって、それからちょっと気恥ずかしくなってへへ、と鼻をすすった。
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私がバルーンリリースには綺麗なだけじゃない意図がある。
その「種」をうっかり担任に覗き込まれたとき、彼女は「やだーロマンチックー!エコノミー!」とか訳わからない言葉で涙ぐんでいたし、一応案としては成立するみたいだ。というかしてほしい。
ただ楽しそうだと思ってやりたいって手を挙げたわけじゃないということ。それをあの冷めたクラスメイトたちにどうにか知らしめてやれたらとなけなしの絵心をフル動員させたのだけれど、完成図はその目的からして水彩画を予定していた。
中学の頃、主部活のバドミントンに加えてなんちゃって美術部だった経歴がこんな形で役に(?)立つとは。
水彩色鉛筆を使ってそのあと水筆を乗せるか。それとも絵の具で、と腕組みしながら階段を降りていたときだ。
「きゃー、日野くんめっちゃかわいーっ」
職員室前から、女子数名の黄色い声が聞こえた。