僕らは春を迎えない

 
 職員室から出てきた体育教師の宇賀神(別名・歩く公害…注意がうるさくて人体被害を及ぼす様から)の一声に、きゃーっと散る女子数人が身を縮めた私の横を気付かずに駆け上がる。そして注意をビビるでもなく、へーいって適当にあしらって制服のズボンに両手を突っ込んだ日野は、猫背気味に階段に足をかけて私の隣を平然とすり抜けた。

 こっちを見向きもしなかった。









『自転車直って良かったね』

 大澤工具店でてっさんに交際報告をした春の帰り道。
 自転車を押して歩く日野の隣で首の皮一枚繋がったな、とサドルをぺすぺす叩いてやったら、そだねって適当に返された。

『これで多香乗せて走れるよ。乗ってくか』

『いやぁ。歩く』

『その心は』

『だ、ダイエット』


 自転車に乗るのも悪くはなかったけれど、すこし日の入りが遅くなった夕方を並んで歩く時間が好きだった。そして急いで帰る理由もない。帰ったってマンションにはあっためて食べてねってお母さんの冷めたご飯があるだけで、弟だって構うのが面倒だ。

 それを察したのか察してないのかはわからないけれど、あそ、と返事をすると日野はもう何も言わなかった。チリチリチリ、と自転車の鳴る土手道、犬の散歩中のおばさんとすれ違う。


『なあ』

『はい』

『ユーアーマイ彼氏?』

『どんな質問の投げ方。英語になってないし』

『ハウマッチ彼氏』

『彼氏安売りすんな』

『日野は私の彼氏?』

『お前が彼女なんだからそうなるわな』

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