僕らは春を迎えない
頼むよ、と下を向かれて、日野のつむじが見える。この栗色の毛は地毛だったんだな、なんて呑気に考える私は、きゅっと掴まれた手に一拍遅れて気を取り戻す。
それから、括っていた髪は、日野の手によってするりと解かれた。
ポニーテールと、ツインテールによって型のついた残念な髪がどっかの国の犬みたいになって、ついでに捨てられたみたいな顔をしてやったら、細くて大きな手が横髪を撫でるふりして少しだけ頰をさらった。
「…ツインテとか全然似合ってない。やめろ」
「…じゃなくても私の髪型に日野が似合ってる、なんて思ったこと、今までに一度でもあったのかよ」
「はは。ねーわ」
聞けよ忠告、とわざと肩をぶつけて先を行く日野なんか死ねばいいって思った。日野なんか苦しんで死ねばいい。人の気も知らないで。
なんで私の元カレはこんなにも残酷な男なのだろう。
黒髪、色白で口の端にほくろのある薮内くんはちょっと謎なことがある。
鈍くて人の心の機微が読めないと昔から言われがちな私でもそれは何となく察するものがあって、でも年頃の男の子や女の子、この年代の10代がある程度抱えているものとそれは何ら変わりない気がしていたし、気にも留める必要はないと思った。
今だってそうだ。
「うっし、完成!」
実行委員の頭をなんとか縦に振らせて確保した、特別準備室。半倉庫化した教室の半分でひっそり作業を行った末、努力の甲斐を薮内くんはじゃん、と私にお披露目した。