僕らは春を迎えない
仕方なく、1つにまとめたヘアゴムを外す。それを口に咥えて下を向きながら後ろ手でまとめると、まとまりきらない後れ毛がポロリと落ちた。いつも仲間はずれになるんだよなこの髪。後れ毛を目で追ってから視線をあげたら、ずっとこっちを見ていたらしい薮内くんと目があった。
「…足立さんて、よく見たら可愛い顔してるよね」
「え?」
「それに前向きだ」
「わは、さんきゅ」
髪をくくってから、褒め上手!なんておばさんっぽく手招きの動作をするのに、薮内くんは笑わない。
それどころか壁に半身を預けていた相手が居直り、一歩を踏み出す。そして距離を詰めてくるから、何事かと思ったら後れ毛を耳にかけられた。
そのまま頰を手で包まれて、顔が傾いた瞬間反射的にどん、と相手の胸を突き飛ばす。
思ったより勢い余った。
そんなに強く押すつもりはなかったのに「抵抗」と呼ぶには十分過ぎて、薮内くんが二、三歩後ずさる。
「…あ、ごめ」
「…」
「ごめん、でも、今のは」
「…結局お前もあいつらと一緒じゃん」
「えっ?」
「だったら思わせぶりな態度取んなよ」
俯いていた薮内くんが、ふと顔を上げる。だけど目は伏し目がちで物憂げで、呼び掛けようとしたら学ランからする、と何かを取り出した。
サバイバルナイフだった。
「…薮、」
血の気が引く。はっとして後ずさる私に、彼はすらり、折りたたまれたナイフを立てた。向けられた切っ先に息が止まる。徐々に距離がつまる。とんと背中に壁を感じる。
ナイフの刃が陽の光を受けて煌めいたその直後、
──────ガッ、と横から誰かがナイフの刃を鷲掴んだ。
日野だ。
「惚れ直したかよ」
「今初めて惚れた」
「いやおっっっそ」
日野がいつもの調子でツッコむから、逆に気抜けした私はその場に座り込む。そうすると私と薮内くんの間に割って入って来た日野が私を庇うように立って、彼が掴んでいたナイフを「さて、」なんて言ってひょいと自分側に引っこ抜いた。
「…お前まだこんなおもちゃ持ってたんかよ、薮内」
日野がぎゅ、とナイフの刃先を押すとそれは持ち手の方に吸い込まれていく。それはどうやらおもちゃらしかった。しょーもなって鼻で笑うけどさ、日野。お前本物のつもりで容赦なく鷲掴んでたのか。
「早く捨ててくれよ。安上がり過ぎて、後生大事にしてくれててもあげた本人恥ずかしいわ。お前これ墓まで持ってくつもり。いいけど別に。“おれ”はね」
ないないしとけ、って呆然とする薮内くんの学ランの胸ポケットに差し込んではぽんぽん、と彼の胸を叩く日野の声は温厚そのもので敵意はなくて。
これが噂の三角関係かなとか、三つ巴かなとかあわあわしていたら、日野が見えない仕草で線引きをした。
「こっからおれらのテリトリー。これ、曲がりなりにも彼女、悪いけど。手は出さんで貰えると」
「……日野、日野、俺、また、」
「大丈夫だよ」