僕らは春を迎えない
「よーし仲直りの印にハグでもすっか」
「嫌だよなんでだよ」
「怖かっただろ。彼氏さまが慰めてやろう」
「いらない」
「お前が来ないならこっちから行く」
「ぬ!?」
極自然に間合いに入って来てきゅ、と優しく引き寄せられてから気づいた。
肩を抱きすくめた日野の手が、少しだけ震えていたこと。連動しているだけだと思っていた自分の指先が、日野よりもっと強く冷えて怯えていたこと。
日野は全部知って抱きしめて、私の肩で呼吸をした。とくり、と命の音があたたかく胸を打つ。
そのとき吹いた風は、やさしい香りがした。
「──────…おかえり多香」
「……………、ただいま」
昼休みが終わる前、教室前の廊下で薮内くんが置いてったりんごジュースを代わりに飲んでいた日野は、中学の頃部活が同じだったことがきっかけで薮内くんとは面識が出来たんだ、と突拍子もなく語り始めた。
「薮内は元々真面目な野球部員だった。
投手としても可もなく不可もなく、おれも別に特別明るい方じゃなかったから、目立たず静かなあいつとちょくちょく話すこともあったよ。
それなりにストレスが溜まってたのかはわからない、薮内は浮くきっかけになったのは」
「…何があったの」
「しょーもないことで口論になった部員をサバイバルナイフで切りつけたんだ」
だからおもちゃのサバイバルナイフを持ってたのか。
私は隣でごく、と生唾を飲みくだす。
「嵌められたんだけどな、当時よくあったんだスカしてるだのなんだのと難癖付けては体力有り余ったバカが他人痛めつけることに注力する行為が。でも仕掛けたのは先輩で、カッとなってやったにしては度が過ぎてた。被害者側のチームメイトは幸いかすり傷程度で済んだけど、なんでそんなものを持ってたんだとか、その一回で全員薮内のこと完全に白い目で見てた
それが皮切りじゃないけど言うんだ誇らしげに。すげーだろ日野、これめちゃくちゃ高いんだぜっておれに見せてくんの、文房具だったかな、千円くらいするペンとか」
「それって」
「万引きしたんだろ」
ずご、とりんごジュースが底をつく。私がなにを言う前に日野はそれをゴミ箱に投げ入れた。
「箍が外れたのかは知らない、問題は多岐に渡ってた。万引きに虚言癖、それでいてカッとなったら何するかわかんない。
…もうその頃には部活にもほとんど顔出さなくなっててさ」
「…」
「治そうと思ったんだ、努力はした。
でも駄目だったみたいだ」