僕らは春を迎えない
紆余曲折あったものの、私と日野が勝ち得たバルーンリリースの案は、近隣住民への迷惑とそれに伴う労力によって一度は落選しかけたものの、いと婆、鈴木市長、そして“お花屋さん”の協力あって何とかなし得ることが出来た。
あれほど募っていた反対意見もいざ取り組んでみたら案外みんな乗り気だった。ヘリウムガスで風船を膨らませて教室が色とりどりになったときは、夢の世界みたいだなんて笑って。
「やだ、なんかすっごいわくわくするかも」
「よくよく考えたら結構ロマンチックだよね」
「飛ばすのって笛が鳴ってから?」
「チャイムが鳴ったらでしょ。正午の」
今、私たちはグラウンドにいる。
うちのクラスの生徒たちが自分で注入した風船はクラスメイトに持ってもらって、私と日野が二人で入れまくった風船は、同じ学年の、二年生の生徒全員にその瞬間だけグラウンドに来てもらって、一人一人に持ってもらった。
屋上から見ると300の色とりどりがグラウンドをせしめてる状態。私と日野も、グラウンドから少し離れた場所で風船を持っていた。
あと30秒。10秒。5、4、3、2……
チャイムが鳴る。
盛大な鐘の音をもとに、私たちはそれぞれが掲げた風船を離す。指笛が鳴り、参加していない一年生や三年生もその様子を立ち止まって見ていた。私もそうだ。でも隣から手を取られて、頷いた。
それからすぐに日野と屋上へ走った。
風船を離してすぐ目を合わせた私たちの心は、言葉を交わさなくても同じ場所にあった。
❀
「はいよ」
「うぇーい。ジェントルマン」
「今更」
「なんか言ってる」
段差あっから気をつけろと、手を差し伸べてくる日野の手に甘える。なよっとした見た目に反してその手は力強く、でも掴む手はやさしすぎるから擽ったくてすぐに離した。
屋上から眺めると、空に飛んでいく無数の風船たちが見えた。色とりどりのそれらが青く高く、遠い場所へ向かっていく様を隣の日野と並んで見送る。