僕らは春を迎えない
「…まさか多香がただのバルーンリリースじゃなしに、“フラワーリリース”を目論んでたとはな。風船の中に種を入れるってのは、盲点だったよ」
「だろ。フラワーじゃないけどな、新芽が生えるやつだけどな。名前忘れた」
「道理でどう見積もっても金足んねーわけだ。のっけから指定予算から種代引いてんだもん。頼みますよ社長」
風船の中に新芽の種を入れることで、それが落ちた場所に新たな生命が宿る。その発想が何で得た情報だったかを私は忘れてしまったけれど、思いついた瞬間やりたくて仕方なかったんだ。だから私は一人でその莫大な種を、各方面の花屋をはしごして入手していた。そんなことをしていたから、実際それをみんなに知らせるまでは何もしてないって思われても無理はない。
薮内くんがすごくいいよって言ってくれた、いつかに描いたイベントの完成図。その水彩画一面には風船と、大地には新芽が宿っている。彼は今、家からでもこの風船を見ただろうか。私は空を見た。
「カンボジアまで届くかな」
「………え、何で急にカンボジア?」
「私はこれをカンボジア難民に届けたいと思って思いついたんだ」
「ぶはっ」
「は!?笑うな!!」
真面目なシーンだぞここ!と盛大に噴き出してお腹を抱える日野に、私は目を白黒する。こいつめ。屋上から足逆さまにしてぶら下げてやろうか。
怨念を背負っている私に、涙を拭った日野がくく、と笑いながら立ち上がる。
「…夢壊すみたいで悪いんだけど恥かかないように言っていい」
「どぞ」
「絶対届かないから」
「まじでか」
頭を抱えて目を剥いて、割と驚いて見せたらこいつまじかよみたいな目で見られた。引いてくれるなよ日野。今のは8割2分、いや7割3分ジョークじゃないか。
「でもさぁ、カンボジアまでは届かなくても天国には届くよね
「多香お前案外メルヘンだったのね」
「いやがちで。だってほらあるじゃんランタン空に浮かべるやつとか、…ほにゃらら流しとか」
「灯籠流しのこといってる? ランタン空に飛ばすのはコムローイっつってタイの豊作を祈る祭りだし前者に至っては川だよ。…まぁどっちも鎮魂に似たような意味合いはあるらしいけどな」
日野曰く、死者の魂を弔う灯籠流しはその多くが水に溶ける材質を使用していることが多いけれど、スカイランタンに関しては火を灯したまま農場なんかに落ちて、動物の怪我や火事の原因になることも少なくないんだそうだ。
「今回使った風船もおよそ地上8,000メートル辺りで基本は破裂、破片は拡散しながら地上に落ちて土に還るって謳ってるけど実際はどうだかな。物事に100なんてない、ましてやこんだけの数飛ばしてんだ、新芽が出た地上の隣ではバルーンの破片食べた動物が死んでるかも。全部紙一重、良かれなんて大概。人間のエゴだかんな」