僕らは春を迎えない
私はまた、遠くの空へと消えていく風船の群れを見送る。
綺麗な物事の裏には暗がりが存在していて、もしかすると私は善事を働いたつもりで大悪党になったのかもしれない。もう風船は塵ほどのサイズで山あいに消えていく。何とも言い難い不穏のなか、考えることに億劫な私の頭は、それでも呑気にあの風船が羨ましいなんて思った。
「あの風船は死んだら空になるんだ」
「はい?」
「風船が弾けて消えるのは地上8,000メートルなんでしょ。それって空に死すわけじゃん。かっこいくね?人間も空葬とか出来ないのかね、死にます、さよなら、ロケットでどーん」
「バカ。言ったろ、破片が弾けて地上に落ちるって。大体人間死んだら火葬場で焼かれて灰になって終わりだよ。残るのは骨だけ、煙突から立罩める煙で空に還るとかならまだしも」
「煙か。日野が空に還るなら、私は海になるよ」
意表をつかれたように驚いた。
絵本の続きを待ちわびる子どもみたいな反応を示す日野に、私はもう風船の消えた空を見上げる。
「空と海ってさ、表裏一体じゃん。切っても切れないでしょ、向かい合ってるし。陸のないとこなんかお互いしか見つめてないんだよ。そりゃ距離としては遠いけど、これ以上に近い場所ってないように思う。だからもし世界から日野がいなくなることがあったら、私、海に還るよ」
「…むちゃくちゃだな」
もう空に私たちが掴んでいた夢は見えない。
浮かぶ青に雲は一つもなく、そこには力強い太陽が煌々と浮かぶばかりだけど、私たちは確かにあの空に願った。世界平和なんて大それた希望を、他の誰かのこの上ない幸せを。
もう二度と来ないあの空に。
「日野、泣いてんの?」
「…泣いてないよ」