わがままな美人
俺様何様上司様

 暦の上では夏が過ぎ去り秋が来たというが、暑いものは暑い。
 園田 香子(そのだ きょうこ)は乱暴に自分の車のドアを閉めると、エンジンをかけて、すぐさま冷房のスイッチを入れる。

「あっつい……!」

 何が気温が低くなってきましたね、だ。
 ちっとも涼しくない。

 今着ている長袖のシャツを脱いでしまいたくなる暑さに、香子の機嫌はすこぶる悪い。

 昔から、夏は大嫌いなのだ。
 照りつける太陽、噴き出る汗、べたつく肌──何もかもが好きになれない。

「……行きますか」

 文句を言っても何も始まらない。

 冷房でようやく汗が引いてきたタイミングで、香子はハンドルを握る。
 車を運転するなんて、いつぶりだろ?
 出勤は電車だし、休日の買出し等も電車が多い。もしくは徒歩。

 なので車の運転は久しぶり。
 さすがにペーパードライバーではないと思いたいが、ただただ事故らないことを願うのみ、だ。

「場所はキングホテル────ん?」

 目的地までカーナビに連れて行ってもらおうと思った香子だったが、助手席に投げた自分のスマホがぶるぶると震えていることに気づいた。

 もしや上司様からの催促電話か?
 あの男、休日にいきなり電話してきたかと思えば、“キングホテルまで迎えに来い。今すぐに”、ですって。
 一体何様よ、と思ったけど、上司様のご機嫌を損ねるのは後が怖いので、“承知しました”、と素直に従うしかない。

「今から出ますよ、っと……なんだ、母さんか」

 スマホに表示された名前は、上司の名前ではなく“母さん”の三文字だった。
 これは出た方がいいのだろうか……。

 香子は一瞬迷って、出ることに決めた。

 母親からの電話──普段、香子の母は滅多なことで電話をしてこない。連絡の多くはメール等が圧倒的に多いのだ。
 そんな母からの電話。重要な用件かもしれない。

「──もしもし? どうかした?」

『あんた、次はいつこっちに帰ってくるの?』

「あ~……わかんない」

『わかんない、ってあんたねぇ……』

 電話越しに聞こえるのは、懐かしく感じてしまう母の声。
 実家にはもう、三年近く帰っていない。

『もうすぐ連休でしょう? 一度帰ってきなさい』

「そうしたいのは山々なんだけど、仕事が忙しくて」

『あんたはいつもそう。仕事仕事──そんなんだから、三十間近になっても相手がいないのよ』

 母親の責めるような言葉に、香子はじわじわと思い出してきた。
 そうだ、これだ。

 これが理由で、自分は実家に帰りたくないのだ。


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