わがままな美人
「失礼します、副社長。十時から会議ですが、よろしいですか?」
扉を開ければ、千秋がちょうど、スーツのジャケットを羽織るところだった。
この男が仕事に関することを忘れるはずがないとわかっていても、秘書としての役目というものがある。
香子はデスクの近くまで足を進め、空になったカップを回収するため、手を伸ばした。
「──彼女は随分とおしゃべりだな」
「彼女? ……ああ、笹木のことですか」
なんの話かわからずにいたが、千秋がカップを指差した瞬間、理解した。
「ここは職場で、俺は上司だ。おしゃべりがしたいなら、別の部署へ行け──と伝えておいてくれ」
身だしなみを整える千秋は、モデルも泣いて逃げ出すカッコよさだが、口から出る言葉はいつだって辛辣だ。
「まだ学生気分が抜けないのかもしれません。本人にはそれとなく言っておきますので、大目に見てあげてください」
笹木は入社一年目。秘書検定の資格の持ち主ではあるが、秘書としての実務経験はない。
これから徐々に、一人前の秘書として成長していくことだろう。自分は主任として、それをサポートしていかなくては。
「──二度目はない」
だが千秋は、切り捨てるのが早い。
使えない人間、やる気のない人間、そういったものを心底嫌うのだ。
今まで何人の女性秘書が、泣きながら秘書室を去っていったことだろう。
それを何度も引き留め、留まらせ、けれどやっぱりダメだったときのやるせなさを、香子は幾度も味わってきた。
だから千秋にも、もう少し寛容な心を持ってほしいと常々思っている。
あなたはMr.完璧(パーフェクト)だけど、皆が皆、あなたと同じだと思わないで。
その仕事に対する熱意と妥協のなさは尊敬に値するが、時々、ついていけなくなる。
「そういえば、決まりましたか?」
副社長室を出て、エレベーターに乗り込んだタイミングで、香子は思い出したように問いかける。
「なんの話だ?」
「来週末のサクラ出版の祝賀会です。同伴者は決まりましたか?」
「ああ、そのことか。いつも通りで構わない」
「いつも通り、ですか」
エレベーターの中、ただ立っているだけなのに雑誌の表紙を飾っているかのように見えてしまう上司を見上げ、香子は頭が痛くなってきた。
千秋の言う“いつも通り”は、秘書を同伴者として連れて行く、という意味である。
恋人もいなければ妻もいないのだから、秘書を同伴者に選ぶのは間違いではない。
特に秘書であれば、取引先の顔と名前を憶えているし、ビジネスの話になってもそれとなくフォローできる。
そういう利点があるので、千秋は同伴者に秘書を選んでいるのだろうが──。