わがままな美人

「では適任者を選出しておきますので」

「聞こえなかったか? “いつも通り”、だ」

「ですが──」

「二度同じことを言わせるな。俺がいつも通りと言ったら、いつも通りだ。いいな?」

「……承知しました」

 言いたい言葉の半分も言えずに飲み込む不快感は、いつまで経っても慣れない。モヤモヤする。

 千秋の“いつも通り”には、二つの意味があるのだ。

 同伴者は秘書。
 そして、同伴する秘書は園田 香子──という、二つの意味。

「……一言言わせていただいても?」

 千秋は無言。
 つまりは“言え”ということ。

「経験に勝るものはないと言いますし、やはり同伴者を限定するのはよろしくないかと思います。他の会社は知りませんが、我が社の秘書室には“専属”という制度も取り入れていないわけですし、ある程度は他の秘書にも新しい仕事にチャレンジする機会を与えていただきたいのです。私は一応、主任という立場にあるわけですし──」

「一言にしては長いな」

 まだ言い終えていないのに、強制終了させられた。

「──おしゃべりだとお思いになったのであれば、ぜひ同伴者から外していただいて構いません」

 エレベーターが止まって、扉が開く。

 だが二人とも、見つめ──いや、睨み合ったまま、エレベーターを降りようとしない。

「……あの、降りないんですか?」

 みかねた社員が、動こうとしない二人に恐る恐る声をかける。

「降りる」
「降ります」

 二人の声が見事に重なり、ほぼ同時に動き出した。

 が、香子は部下で千秋は上司。
 香子は半歩歩調を遅らせ、千秋を先に行かせる。

「何が不満なのかわからないな」

 会議室に向かいながら、千秋が後ろを歩く香子に声をかける。

「先程申し上げました。他の秘書のスキルアップのためにも、仕事の機会を与えてください」

 これは本心だ。
 どんなに頑張っても、自分はいつか仕事を辞め、この職場を去る日が来る。

 そのとき、なんの心配も不安もなく、後輩たちにすべてを託し職場を去りたい。

 となれば、後輩たちに多くの経験を積ませる必要がある。
 これは香子だけではなく、千秋や他の重役たちのためでもあるのだ。

「その理屈は理解できる。だが俺は、君じゃなきゃ満足できない。──わかるだろ? Ms.優等生」

 誰もが見惚れる美貌の副社長が、自分だけに微笑んでいる。

 だが香子の胸はちっともときめかない。

 むしろ千秋の真意が容易に読み取れて、眉間が険しくなるばかり。

「また私を、“女除け”に使うおつもりですか?」


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