わがままな美人
香子が足を止めると、それに気づいたのか、千秋も足を止め、こちらを振り返った。
「君は秘書として実に優秀だ。取引先の顔と名前だけじゃなく、細かなことまで記憶している。だから同伴者に選ぶ。──それだけじゃ納得できないか?」
納得できるはずがない。
大手文具メーカー“SAGARA”には、いろいろな招待状が届けられる。
社長は多くの仕事を副社長であり息子でもある千秋に任せているので、招待された祝賀会等に出席するかどうかは、千秋自身が決めている。
相良 千秋としては、パーティーそのものを好んでいるわけではないが、これも仕事だから、と千秋はよほどのことでもない限り、欠席することはない。
その心がけは素晴らしいことだと思う。
やはりビジネスにおいても、人と人とのつながりは蔑ろにしていいものではない。思わぬところで新たな商談のきっかけが生まれたり、新商品のアイデアが浮かぶこともありえるのだから。
だが出席するパーティーすべてに同伴する香子の気持ちも考えてほしい。
せっかくの休みが、仕事でつぶれてしまうのだ。
こんなにも悲しいことが、世の中にあるだろうか?
しかもこの上司は、秘書を“女除け”に使う始末。
これは仕方のないことかもしれないが、大勢の人間が集まる場所は、結局出会いの場でもあるのだ。
そんな場で、千秋とお近づきになりたいと思う女性が、何人いるのだろうか?
ときには本人ではなく、両親だったり祖父母あたりが、うちの子どうですか? と聞いてくるのだ。
今は恋愛や結婚よりも仕事を優先したいと公言している千秋にとって、それらは余計なお世話。見合いを勝手にセッティングする伯母の如く、鬱陶しいもの。
だが相手は伯母ではなく、取引先の社長や専務だったりするので、むげに断ることもできない。
そこで千秋が目を付けたのが、香子だった。
Ms.優等生と勝手なあだなを付けてはいるが、千秋は秘書としての香子を高く評価している。
でなければ重用することもない。
それに加え、香子の容姿も高く評価している。自分と並んでも、負けず劣らずの美人。
恐らく、初対面の人間は香子を秘書ではなく恋人か何かだと思うはず。
というか実際、恋人に間違われた。
香子にとって不本意としか言えない間違いだったが、千秋にとっては喜ばしい間違いだったようだ。
それ以来、千秋はパーティーの同伴者に香子を選ぶようになった。
優秀な秘書だから。
そして、美人だから。