わがままな美人

「また女除けのため?」

「でしょうね。……さっさと結婚すればいいのに」

 千秋がその気になれば、結婚なんて秒でできる。

 その日を今か今かと待っているのに、その日は一向に訪れる気配がない。

「結婚したくない、って言ってるあんたが言っても説得力に欠けるからね」

「わかってるから言わないけど、そろそろ結婚してもいいと思わない? 社長ご夫妻だって、孫の顔が見たい、っておっしゃってたわけだし」

 千秋の両親は、そこまで息子の結婚を急かしてはいないが、いつでも構わないと思っているわけでもない。

 やはり元気なうちに孫の顔を見て、一緒に遊びたいと思うもの。

 なのに一人息子は、用意された見合いを嫌がるばかり。

 これじゃあ、孫の顔は当分見れやしない。

「副社長って仕事優先の仕事人間なわけだから、会社のためになる結婚ならすんなりと受け入れるんじゃないの?」

 我ながら良策、と言わんばかりの顔でこちらを見てくる澪に、香子は首を左右に振る。

「ビジネスの場に、結婚を持ち出したくないそうよ。もしかして、恋愛結婚が理想なのかしら?」

 あの顔で? あの性格で?

 だとしたら、笑っちゃう。

「でも結婚と恋愛は別物、って言わない? 結婚の経験ないけど、なんとなくわかるし」

「そうねぇ……」

 上司が何故、結婚しないのか。

 そんなの、本人に直接聞けばいいのだろうが、あいにくと上司のプライベートに首を突っ込む趣味はない。

 コーヒーの好みも、身長や体重だけじゃなくスリーサイズまで把握しているが、プライベートに関わったことは一度もない。
 それは千秋も同じこと。

 香子と千秋は、徹底しているのだ。
 上司と部下、副社長と秘書。

 その関係を、決して超えたりしない。

 それが長続きのコツなのかも。

「……早く結婚してくれないかなぁ……。そういえば、織部部長は既婚者よね?」

「そうね。奥さん見たことないけど、指輪してるし、お子さんもいらっしゃるそうよ」

「どんな相手と結婚したのかしら? 副社長と似てるし、参考になるかもと思ったんだけど……」

「私はよく知らない。そういうこと話さないし、向こうからも話してこないから。……うまくいってないのかな?」

 これもまた、プライベートな話。
 どこまで踏み込んでいいのかわからない、微妙なライン。

 でも興味はないので、結局は聞かないのだけど。

「──もうこんな時間なの? そろそろ行かないと」

 いつの間にか、お昼休みが終わろうとしている。

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