わがままな美人
どうりでどんどん人が少なくなるわけだ。
香子と澪はそろって立ち上がり、空になった食器を返しに行く。
午後の仕事を乗り切れば、一週間の始まり──月曜日がようやく終わるのだ。
***
「どうして専属を置かないんですか?」
午後、終業時刻を間近に控える秘書室で、コピー機を操作する香子に声をかけたのは、笹木 愛だった。
お昼休み中にきちんと化粧直しをしたらしい笹木は、午前とリップの色が違う。随分と派手な色を選んだものだ。
「私、よその会社に知り合いがいるんですけど、そこの秘書課は専属を決めてるそうなんです。なのにどうして、うちでは専属を置かないんですか?」
印刷された紙を手に取り、ズレがないかをチェックしながら、笹木の疑問に答える。
「──仮にあなたを副社長の専属にしたとして、もしもあなたが急な怪我や病気で長期の休養を余儀なくされた場合、困るのは誰?」
コピー機に向けていた体を笹木へと向け、真っ直ぐに見据える。
笹木 愛は可愛らしい子だ。ピンクが好きらしく、スマホのカバーやお気に入りのペンなど、ピンク色が多い。
それが似合っているのだから、やっぱり彼女は可愛い。
香子とは正反対の位置にいるタイプだ。
「それは……」
「困るのは他でもない副社長よ。そういうことを避けるためにも、専属を置かないことになったの」
「園田主任が決めたんですか?」
「いいえ。決めたのは滝本室長よ。だから言うべき相手をそもそも間違えてるのよ。専属について意見があるなら、室長に言いなさい。私は室長の考えに賛同しているから、力になれないもの」
「……そう、ですか」
明らかに不満げな様子ではあるが、笹木は大人しく引き下がった。
このあと、実際に専属の話を室長にするのかどうかは本人が決めることだが、香子はおすすめしない。
滝本 幸助(たきもと こうすけ)は、誰が見ても優しそうなおじさん、といった風貌だが、怒らせると一番怖い人。
あの千秋ですら、室長を怒らせるのは避けたいと考えているくらい。
もしも笹木が専属を置いてほしい、と話せば、滝本は一瞬で彼女の下心を見抜くだろう。
笹木が千秋に対して好意を寄せているのは、明らかな事実。専属の件も、あわよくば自分が副社長の専属に、と考えているからだろう。
別に社内恋愛禁止ではないのだし、誰が誰を好きになろうとも、勝手にすればいいと思うが、職場に私情を持ち込むことを、千秋は何よりも嫌う。