わがままな美人

 そのことを笹木に教えてあげようかとも思ったが、今更のような気もする。余計なことはしないでおこう。

「仕事終わらせて帰ろ」

 コピーを終えたばかりの数枚の紙を手に取り、自分のデスクへ戻る。

 明日のスケジュールを確認してからじゃないと、帰る気にはなれない。
 これは毎日のルーティンみたいなものだ。

「明日は田所常務は出張で不在……同行するのは高梨くんで……」

 明日の分のスケジュールを確認したら、次は一週間全体を通してのスケジュール確認をする。

 それから、会社のイベント事も頭に入れておく。
 副社長をはじめとした重役たちのスケジュールを把握するのは当然だが、会社のイベント事も把握しておくべきだと思う。

 新商品の発売日や、テレビで我が社の商品が紹介される日──もしも上司に聞かれたら、すぐ答えられる状態でいるべきだ。

 少なくとも、相良 千秋の前では。

「──時間ね。帰ろうかな」

 定時に帰れるのならば、さっさと帰るに限る。

 香子はデスクの上を手早く片づけ、ちょうど帰ろうとしている滝本に声をかけた。

「室長もお帰りですか?」

「うん、もう帰るよ。孫が待ってるからね」

 滝本は半年前、一人娘が結婚した。娘は短大を卒業して働き始めたところだったそうだが、妊娠を機に退社。
 そして結婚。

 滝本は当初反対していたらしいが、孫が生まれてからというもの、毎日楽しそうだ。スマホの中は、孫の写真であふれかえりそうな状態らしい。

「じゃあ、お疲れ様。先に失礼するよ」

「お疲れ様です」

 滝本を見送ってから、香子はデスクには戻らず、副社長室へと足を向けた。

「副社長。何もご用がなければ、本日はこのまま退勤しようと思いますが、よろしいですか?」

 副社長室へ入れば、千秋は未だ、帰る支度すらしていなかった。

「構わない。──お疲れ様」

「失礼致します」

 お手本のようなお辞儀をして、香子は副社長室の扉を閉める。

「さ、帰ろ」

 あの仕事人間に退勤の許可をもらったのだ。会社に残る意味はない。
 いそいそと帰り支度を済ませ、軽やかな足取りでエレベーターへ向かう。

 帰る途中、スーパーかコンビニに寄って、ビールを買おう。缶チューハイでも良いかも。おつまみはナッツかな。素材の味を引き立たせる、塩味がきいたナッツ。
 それらを買って帰ったら、真っ先にお風呂にお湯をためて、お酒を冷やす。
 晩ご飯は冷蔵庫にあるもので適当に作っちゃおう。

 で、晩ご飯を食べてお風呂に入って、明日の準備もろもろを済ませたら、リラックスタイムに突入!


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