わがままな美人
受話器越し、聞こえたのは甘ったるい秘書の声。
こんな声はあまり好きじゃない。
もっと凛とした、抑揚のない声が好みだ。──少なくとも受話器越しに聞くならば、そちらの方が耳に心地いい。
「千秋さん、入りますよ?」
「……どうぞ」
受話器を置いて数秒後、副社長室へと姿を見せたのは、一昨日会ったばかりの伯母だった。
この訪問は予想外だが、追い返すわけにもいかない。
千秋は散らかったデスクの上を片付けながら、伯母・寿子を応接用のソファに座るよう促す。
「何のご用ですか、伯母上」
寿子が会社へ来るのは、非常に珍しい。
千秋の記憶が正しければ、片手で足りる回数しか来たことがないはずだ。
つまり何が言いたいのかと言うと、この伯母は明確な目的を持って、ここへ来たということ。
「今日はもう帰るのかしら?」
「いえ、まだ仕事があるので」
「でしょうね。あなたはいつも、仕事仕事……。私、何度も言ってるでしょう? 仕事とは結婚できないのよ、って。だからね、来週末、紗也華さんと出かけてきなさい」
今の会話の流れは、あまりにも不自然。強引すぎるが、この伯母には関係ない。
「来週末は先約がありますので」
「どうせ、また仕事なんでしょう? 後回しにできないの?」
「できませんよ。祝賀会に出席するので」
企画会議の資料をファイルに挟み、引き出しへ強引に押し込む。
千秋は少しだけ、整理整頓が苦手だ。自分自身にその自覚があるので、定期的に身の回りを整理するよう心掛けているが、最近はおろそかにしていた。
今度時間を見つけて、引き出しの中を整理しよう。中はとてもじゃないが、人に見せられない状態だ。
「祝賀会? まあ!!」
ソファに座っていた寿子が、いきなり勢い良く立ち上がった。
「いい機会じゃないの! その祝賀会、紗也華さんと行けばいいわ」
「…………お断りですよ」
何が“いい機会じゃないの”、だ。
ビジネスに恋愛を持ち込みたくないと常々言っているのだ。
まだ一度しか会ったことのない女性を、連れていけるものか。
千秋が心底嫌そうに断れば、寿子はあからさまにムスッとなった。
「何がいけないの? 紗也華さんは礼儀を心得ている、どこへ出しても恥ずかしくないお嬢さんなのよ。あなたに恥をかかせるようなことはしません」
「そんなこと心配していませんよ」
「じゃあ何がそんなに嫌なの? 言ってごらんなさい」
伯母と話していると、母親と話しているような気分になってくる。