わがままな美人
もっとも、千秋の母はこんなにもお節介じゃないが。
「一度しか会っていないのに、祝賀会への同伴を頼んだら、いらぬ期待をさせてしまいます」
「させればいいじゃないの。私ね、あなたたち二人、お似合いだと思うのよ?」
寿子は我慢強い性格だ。相手が折れるのを、いつまでだって待っていられる。
だが千秋だって、我慢強い。
「何を根拠に、そう思うんですか?」
立ったままで話すのは疲れる。
千秋はデスクから、伯母の目の前の席へと移動し、腰を下ろした。
「紗也華さん、似ていると思わない? ──理子さんに」
寿子が口にした名前は、随分と懐かしい名前だった。
すっかり忘れてしまっていた名前に、千秋は一瞬、反応が遅れてしまう。
「今まで何人かお嬢さんを紹介してきたけど、理子さんだけだったでしょう? あなたが自主的に会おうとしたお嬢さんは。……結局、正式な婚約にまでたどり着けなかったけど、紗也華さんを見たとき、似てると思ったのよ。紗也華さんの方が雰囲気が柔らかい気がするけど」
寿子の声に耳を傾けながら、千秋は過去の記憶をたどる。
永瀬 理子(ながせ りこ)──三年前の見合い相手。
伯母が用意した数々の見合いの中で、千秋が唯一、結婚してもいいかもしれない、と思った相手。
思い出す彼女の姿は、いつだって似たような姿。
背筋をぴんと伸ばし、相手の目を真っ直ぐに見て、意志の強そうな目を持つ凛とした雰囲気の美人。
何度かデートを繰り返す二人は、周りから見ればうまくいっているように見えたのだろう。
だが当人たちは感じていた。お互いの間に生まれつつある溝を。
結局、互いの両親が婚約の話を持ち出す前に、二人は別れる道を選んだ。
この決断に後悔はない。正しい判断だったと、今でも思っている。
だから今まで、思い出すこともなかったのだ。
彼女は今、どうしているのだろう?
「そういえば……」
「なんですか?」
「さっき下で、あなたの秘書に会ったのよ。──園田さん。美人よね、彼女。彼女も似てると思わない? 理子さんに」
「似てませんよ」
寿子の言葉を、千秋は迷うことなく否定する。
「似てない? そう?」
「似てませんよ。……ちっとも似てない」
頭の中で、Ms.優等生と、かつての見合い相手を重ねてみる。
ほら、ちっとも似てない。
彼女は自分に臆することなく意見を述べるし、周りが思っているほど仏頂面でもない。褒めているのに険しくなる眉間は見ていて飽きないし、こちらを睨む厳しい瞳にはいつだって、仕事に対する熱意が隠せていない。
それから、最近は滅多に見なくなった、はにかむような笑み。
ちっとも似てないじゃないか。
伯母は一体、どこを見て似てるなんて言うのか、千秋にはさっぱり理解ができない。