わがままな美人
「紗也華さんはね、青山学院を卒業後、幼稚園の先生として働いているのよ」
「そうですか」
当たり障りのない相槌を伯母に返せば、“それだけなの?”、と言いたげな顔で睨まれた。
それを気にすることなく、千秋は少しばかり冷えたコーヒーを口にする。
伯母は悪い人じゃないのだが、いかんせん、お節介が過ぎる。頼んでもいないのに、度々見合いの席を設けるのだ。
今日みたいに。
「まったく……。ごめんなさいね。千秋さん、こういう場が得意ではないの。悪気があるわけじゃないから、大目に見てあげて?」
伯母が声をかけたのは、楚々とした雰囲気の女性──本日の見合い相手だ。
「いえ、気にしてません。むしろ、申し訳なく思います。千秋さんは“SAGARA”の副社長なんですもの。毎日お忙しいですよね? それなのに、せっかくのお休みの日に時間を割いていただいて、ありがとうございます」
見合い相手──紗也華は微笑みを添えて、千秋を見る。
なるほど、確かに美人だ。
それに品もある。
伯母が自信満々なのも頷ける。
だがそれだけだ。
もとより見合いに乗り気ではない千秋にとって、伯母が設けた今日のこの席は、わずらわしい以外の何物でもない。
「──気遣いには痛み入りますが、はっきり申し上げておきます。ここへは伯母の顔を立てるため来たにすぎません」
「千秋さん!!」
本音を包み隠さずさらけ出す甥を、伯母はカッと目を見開き睨む。
だがそんな一睨みくらいで、この甥が大人しくなるはずもないことを、伯母は長い付き合いの中で理解しているはずだ。
「何度も話したはずですよ。結婚はまだ、視野にも入れていません」
今年で三十五歳。
けど独身。
それの何が悪い。
確かに大企業の副社長という肩書を持ち、将来的には社長の肩書を得ることになるだろうが、だからといって今すぐ結婚する必要性を感じない。
ただ誤解のなきよう言っておくが、決してまだまだ遊んでいたいから、結婚をしないわけじゃない。
今は恋人や家庭だとかよりも、仕事を優先したいのだ。
「けどね、千秋さん」
「すみませんが、ここで失礼させていただきます」
立ち上がった千秋を、紗也華が目で追う。
「何か用事がおありなのですか?」
「──秘書が迎えに来ましたので」
***
キングホテルのラウンジへと到着した香子は、自分を呼び出した張本人を探すため、きょろきょろと忙しなく目を動かしていた。