わがままな美人
ありがた迷惑いい迷惑
もしも本当にマンションを購入する場合、避けては通れない問題がある。
それは資金──つまりはお金。
まだ内見どころか不動産会社にすら足を運んでいないが、やはりお金の問題は最初から最後までついて回る。
住宅ローン、初期費用、それらに加えて引っ越しにかかる費用──何をするにも、まずは自分自身の状況把握を優先すべきかもしれない。
現在の収入、今後の支出、などなど。
そんなことを考えながら迎えた、月曜日の朝──。
香子は社員証片手にエントランスを通り抜け、エレベーターへと向かう。
隣には、商品企画部に所属する友人、大崎 澪(おおさき みお)がいる。示し合わせたわけじゃないのに、出社時間がかぶることが多い。
ちなみに同期。同い年。
「あ、その話、本気だったんだ。てっきり冗談か何かだと思ってた」
エレベーターに乗り込めば、運の良いことに誰も乗っていなかった。
「冗談でこんな話、するわけないでしょ。……まあ、本気って言えるほど、本気ってわけでもないけど」
大崎 澪とは、入社以来の付き合い。
なんだかんだと比べられることは多かったけれど、良き友だ。誰よりも信頼できる。
だからこそ、両親にも誰にも話していない“マンション購入(仮)”の話を、唯一話した。
「でもさ、そういう考えに至ったってことは、一人で生きてく覚悟が決まったってこと? さすがにちょっと、早くない?」
「早いと思うの?」
「思うよ、そりゃ。だって三十でマンション買うのよ? もう一人で生きていきます私、って言ってるようなものじゃない。今すぐ決めないで、先送りしたら? もしかしたら、ってこともあるんだし」
「……その“もしかして”、って、結婚のこと?」
「他に何かある?」
さも当然のように問い返された香子は、目を細めて澪を睨む。
結婚する気がない、って知ってるくせに。
「そんな目で見ないでよ。──可能性はゼロじゃないわけでしょ? どこに出会いがあるか、わからないわけだし。ならもうちょっと、様子見してもいいんじゃないの、って私は思うよ」
「その言い分はよくわかるんだけど……一人が楽だ、って気づいちゃったら、他の人を自分のテリトリーに入れるのが億劫になっちゃったのよね」
「あ~……それはわかる。一人って楽なのよね」
そう、一人は楽。誰に何を言われることもなく、誰かと合わせる必要もない。
その反面、責任は全部、自分自身にのしかかる。
大学進学を機に一人暮らしをはじめたが、最初の頃は寂しさとか来月の家賃とか、バイト代とか、いろんなことで頭がいっぱいだった。
でも今、香子は初々しい大学生を卒業し、立派に社会人として自立している──と思う。
あの頃、頭を埋め尽くしていた悩み事は消え失せ、一人を満喫できる余裕が生まれてしまった。
この完成された自分の生活(テリトリー)に誰かを入れてしまったら、全部崩れてしまう。