わがままな美人
「そっちはどうなの? 結婚、考えてる?」
「ん~……どうだろ。結婚に魅力は感じてないけど、あんたほどシャットアウトもしてないかな」
お互い、来年にはめでたく三十歳を迎える独身同士。
いろいろと共通点は多いが、結婚に対する考えは澪の方が柔軟なのかもしれない。
「やっぱり、マンション購入は早計過ぎると思う?」
もう間もなく、エレベーターは商品企画部があるフロアで止まる。
その前に、信頼できる友人の助言(アドバイス)を聞いておこう。
「私はそう思う、ってだけよ。結局、決めるのはあんた自身だし。──じゃ、またあとでね」
澪はひらひらと手を振り、エレベーターを降りる。
それを見送って、扉が閉まるのと同時に体から力を抜く。
そう、結局決めるのは自分自身なのよ。
だって私の人生なんだから。
誰とも交じり合わない、私だけの道──。
どの方向に、どの速度で進むのか。
すべてを決める権限は、私自身にある。
だから急ぐ必要なんて、ないのよ。
「──おはようございます、室長」
停止したエレベーターを降りれば、秘書室は目の前。
「おはよう、園田くん」
室長の滝本は既に出社済み。にこやかな笑顔で、挨拶を返してくれた。
「時間が来たら、朝礼をお願いできるかな?」
「わかりました」
自分のデスクに荷物を置き、今日の予定を確認する。
秘書室主任を任されたのは、二年前のこと。
前任の主任が寿退社で秘書室を去ることが決定してすぐ、前任者で先輩でもあった彼女から直接、“園田を推薦するつもりよ”、と言われた。
正直、やる気と不安が半々だった。
この仕事が好きでやりがいを感じているから、主任を任せてもらえるのは素直に嬉しかったけど、同時に不安もあった。
自分はうまくやれるだろうか?
責任ある立場なんだから、ちゃんとしないと。
そんな不安を前任者に打ち明ければ、彼女は笑って、“考え過ぎよ。あたし、そこまで気負って仕事してないから”、と香子の不安を吹き飛ばしてくれた。
思えば昔から、自分は考え過ぎて、抱え込む性格だった。
澪のように柔軟に物事を考えて、仕事を教えてくれた先輩のようにうまく肩の力を抜けたらいいのに。
「──おはようございます、副社長!」
スケジュール確認をするふりをして、考え事に集中していた香子は、後輩秘書の明るい声で、ぐいっと現実に引き戻された。
イスから立ち上がり、出社してきた上司にぺこりと頭を下げる。
「おはようございます、相良副社長」
相良 千秋は、今日も隙の無い出で立ちだ。
きっちりセットされた髪に、しわひとつないネイビーのスーツ、赤のラインがアクセントとなったストライプのネクタイ、靴も見事に磨き上げられたものを履いている。
それだけじゃなく、時計やネクタイピンといった小物にまでこだわりが見えて、香子は困ってしまう。
だってこの上司の隣に立つのよ?
おかしな格好はできない。秘書の評価は上司の評価にもつながってしまうのだから。
「おはよう。今日のスケジュールは?」
「まだ準備ができておりませんので、後程お持ちします」