わがままな美人
考え事に集中していて、スケジュール印刷を忘れてしまっていた。
朝、一番最初の仕事を忘れるなんて、普段の香子ならありえない。
それも月曜日! 一週間の始まりで!
千秋もこれは意外だったらしく、澄ました顔に驚きの色が見える。
「君にしては珍しいな」
「……申し訳ありません」
「別に責めちゃいない。そんな日もあるだろうさ」
月曜日の朝に相応しい爽やかな笑顔を浮かべて、千秋は副社長室へと足を向ける。
てっきり嫌味か皮肉でも言われるかもしれないと思っていたのに、拍子抜けだ。
「私、副社長のコーヒー淹れますね!」
「あ、ずるい! 私が淹れようと思ったのに!!」
千秋の出社で、秘書室は一気に忙しくなる。
これは認めたくないことだが、相良 千秋は社外問わず人気がある。
あの見た目で次の“SAGARA”の社長なのだから、妻の座を狙う女子社員は多いし、それは社外でも同じこと。
今のところ浮いた話は一切ないが、そのうち観念して、相手を決めるだろう。
両親や伯母が用意した、たくさんの見合い相手の中から。
「早く結婚すればいいのに」
スケジュールを印刷しながら、ぽつりと本音が漏れる。
上司のプライベートに好き好んで関わりたいとは思えないが、見合いから逃げる口実に秘書を利用するのは勘弁してほしい。
それに何より、副社長という責任ある立場にある身なのだから、私生活をサポートしてくれる存在は必要だと思う。
一体いつまで、独身生活を謳歌するつもりなのか──と言いたくなったが、そもそも自分は、そんなことを言える立場にはないのだ。
ただの秘書で、しかも独身なんだから。
「笹木さん、ついでにこれ、副社長に持って行って」
上機嫌で千秋のためのコーヒーを準備し終えた様子の後輩──笹木 愛(ささき あい)に、本日のスケジュールが印刷された紙を渡す。
「わかりました。……あの、副社長の朝のコーヒーは、ミルクなし砂糖二個、ですよね?」
「そうよ。朝だけ砂糖二個、それ以外は全部、ブラック」
淹れ終わってから確認しても遅いと思うけど、水を差すようなことは言うまい。
香子は給湯室を離れ、専務室の扉をノックする。
「園田です。本日のスケジュールをお持ちしました」
***
九時四十分。
なんの問題もなく朝礼を終えた香子は、時間だ、と席を立つ。
今日は十時から会議なのだ。手早くデスクの上を片付け、必要なものを持って、副社長室へと向かう。