恋愛コンプレックス
 ハズキは幼馴染でもあり親友でもある。
いつだって高潔で、冷静で、頭がきれて何より美しい。端正な顔立ちは一寸の狂いもなくパーツごとに調和しあい、どれも単品で芸術になりえた。
 桜色の唇も、整った眉も、力のある深い色をした瞳も、定規で引いたような通った鼻筋も、ファンデーションなんて必要がなさそうな陶器の肌も。
彼女は私も含めた全ての女が欲しがってやまないそれをもっているのに、いつも何かしらに足元をすくわれている。


 「それが人生よ、デキレースみたいな人生には興味がないの。」
彼女がいつしか言ったそのたくましい発言に、私も敦子も呆気にとられていた。
確かそのころ、ハズキの父親の横領が発覚して両親が離婚してしまったというショッキングな話を聞かされた時だった。幼馴染の私はもちろんハズキの両親とも親しかったので、少なからずショックを受けたし、悲しかった。酔ってどうにもならない頭の中で幼いころ、我が家とハズキ家でバーベキューや海へ行った記憶を蘇らせては切なくなった。
 それでもやっぱり背筋を伸ばして気丈に笑うハズキを横目に、私は泣くことができなかった。

 「ねぇもも、運命論を信じている乙女が来る前に聞いておきたいんだけど、誰かの愛人になるのって、やっぱり不健康な事かしら。」
 ハズキの突拍子もない発言は毎度の事だけれど、さすがに私は飲みかけのカクテルを軽く吹き出して、挙句に気管にアルコールを詰まらせておっさんみたいにむせた。

 「何、そこまできちゃったの?」
 マスターがすかさず差し出してくれたミネラルウォーターで喉を洗浄してから私は言った。
 「もう愛だの何だの疲れちゃって。」
 ハズキは口角だけ上げて言ったが目は笑えていなかった。
 「ねぇ、やっぱりそうゆうのって・・・」

 私が言いかけたところでチリンとドアから乾いた鈴の音が響き、視線を向けると何故かいつも半笑いの敦子が顔を出した。この話はここまで、ハズキはそういってしまってから、また微笑をたたえて敦子の名前を呼んだので、私はそれに従うしかなかった。
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