恋愛コンプレックス
「会社の送別会が思いの他長引いちゃって。」
 敦子は歯並びのいい口元を微笑ませて私の右隣のスツールに腰を下ろした。
 ハズキほどではないが可愛らしい顔が相変わらず屈託なく笑っている。まるでポンキッキーのお姉さんみたいだ。
 彼女もまた、私の親友である。学生時代にゼミが一緒になったのをきっかけに瞬く間に仲良くなった。
 ハズキに紹介すると、人見知りをする性格の彼女もすぐに仲良くなった。
この店を紹介してくれただけあって敦子がスツールに腰掛けるとマスターはやたら饒舌に話しかけてくる。敦子は普段から一人でもこのバーに足を運んでいるせいもあった。

 「マスター、シャンディガフね。」
 敦子が愛想良く言うと、マスターは表情をほころばせた。彼が敦子を気に入っているのは一目でわかるが、いかんせん彼は年がいきすぎているので半分は愛娘でも見ているような気にでもなっているのだろう。男やもめでも敦子に色ボケを使う事はしなかった。

 「また子供騙しなもの頼んで。」
 ハズキがわざと小ばかにしたような口調でいうと、敦子は口を尖らせて講義したが、目元はやはり穏やかに笑ったままだ。

 「最近やっとビール系統のお酒が飲めるようになったんだからいいでしょ?こんなバーで緑茶ハイとか頼むよりはよっぽどマシだからさ。」
 敦子はそういってマスターから大事なものでも受け取るような仕草で、シャンディガフを両手に包んだ。
 私たちは再びカクテルを低く掲げて「乾杯。」といった。
 私は残り少ない何杯目かのスプモーニを飲み干してからギムレットをオーダーした。年増のおじさんでもやはりシェイカーを振る格好はなかなかワイルドである。さんざ飲み歩いて、いろんなところでギムレットを飲んできたが、ここまで美味しくいれてくれる店を私は知らない。
 ドライジンとライムが射抜くような快感を喉に刺激した。

 「そういえばもも、ここ最近家で寂しく一人酒あびてたんだって?」
 敦子が悪戯に笑って言った。
 「まぁね、家で飲めばジャージで飲めるし、人目は気にならないし、そのまま寝れるってメリットを見つけたのよ。一人って事を度外視すれば楽しいわよ。」
 私がヴィトンのタバコケースからキャメルのメンソールを取り出しながらいうと両脇の二人が表情を歪めてわざとアンニュイなため息をこぼした。

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