『140字小説』
31~60

31
大気温度は疾うに摂氏40度を超え、まだ上昇して行きそうな勢いだ。エアコンなしのアパートに住むサラリーマンの鷲尾は酸欠に苦しむ魚のように口を開けて喘いだ。”暑い、この儘だと蒸し焼きだな”……彼は独り言を呟き、窓を開けた。熱風が部屋の中に押し寄せ、次には文字通り蒸し焼きになっていた。

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「萌子いますか?」「秋野ですか?」「ハイ萌子です」「臨終です」「えっ?」「いま、臨終場面を撮ってます」「大分かかりますか?」「ハーイ、芳雄」「お前どうして」「どうしました?」「いま此処に萌子がいるんだけど」「ええーっ!秋野は撮影中に危篤状態に陥りまして」「ヒエーッ、この女は誰!」

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既成概念を超えた新鋭機が、格納庫から現れた。搭乗するのは針谷嘉朗、民間のテストパイロットだ。民間人が軍用機を操縦するなど、通常あり得ない。針谷は操縦席に座り、キャノピーを閉じた。垂直に浮かび上がり、そして新鋭機は消えた。秒速30万kmを超えるスピードだ、行き先は誰にも分からない。

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密林に迷い込んでから、半日間、歩き詰めだ。現在地がまるっきり分からない。太陽が、強烈な放射線を容赦なく浴びせる。檜山は喉の渇きと眩暈に耐え切れず、昏倒してしまった。数時間が過ぎ、足の凍えを感じた彼は、頭を擡げた。何時の間にか日は沈み、波が大小無数の氷と共に、砂浜に打ち寄せていた。

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反対車線に停止している電車に乗り換えなければならない。及川は、ぞろぞろ降りてくる乗客を避けながら、狭い階段を上へと急ぐ。最上段に達し、通路を反対側に向かって走った。だが、下に続く階段は見つからない。慌てて戻ろうとした及川の行先を、眼に見えない壁が遮った。出入口は何処にもなかった。

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何時もの見慣れた繁華街を、魂の抜け殻のようになった人々がゾロゾロ歩いている。真夏の猛暑の中、頭に角を生やし、牙を剥いた形相ももの凄く、雑踏を掻き分けて先を急ぐ男が一人いた。滅亡の日を1,000年まちがえた、太陽系の設計者だ。彼は待ち受ける厳罰に慄き、思考停止直前の精神状態だった。

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尾上亨は招待状を手にして、崩れかけ、狭く黴臭い階段を降りて行く。その動作は、彼にとって永遠に続くかに思えてくる。間違えたか、そう呟きながらドアノブを回して中に踏み込み、彼は息を呑んだ。果てしなく広がる砂浜、ユッタリと打ち寄せる波、楽園のようだがそうではない、異世界が広がっていた。

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土手を上がって行ったら、線路の傍に出た。柴咲は、ゆるく傾斜した土手をさらに上へと向かった。汽車が真っ黒い煙を噴き上げて入ってきて、4,5人の乗客を降ろした。どうやら、そこが終着駅らしい。土手の下や上で大勢の人が空を見上げている。雲間から全長500mはある長方形の飛行物体が現れた。

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天涯孤独な蒼島にとって、最後のチャンスかも知れない。繁華街の一角にある目立たない建物に入り、エレベータで、地下33階に向かった。広間に大勢の男女が集まっている。席に腰掛け、ナップザックを床に置いた。軽い振動が起こり、巨大なスクリーンに遠ざかる地球が映っている。場内が騒然となった。

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某国の大災害を伝える映像が、モニターに映っていた。現地で原発関係者が撮影したらしい。公式発表では、百数十基の原発が、落雷で火災事故を起こしたとのことだ。神の意志が働いた結果なのか?「我が国では想定内の災害だ。対策は済んどる」……官邸に籠って映像を眺めていた舞嶽総理は秘書に呟いた。

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「左方向から敵機のお出ましだ」「注意しろ、新鋭機のようだ」「それなら、我が方の勝ちだな」「どうしてだ?」「まあ、見てろって」「おい、今の見たか」「ああ」「旋回した途端、空中分解してしまったぞ」「その通り、奴らの工業技術なんてそんなものだ」「まったくな、奴らを放っといて帰還するか」

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「これより、航空母艦の攻撃に向う」「見込みは?」「100%」「そうでありますか」「全速前進!」「船影発見、攻撃に向う」「待機せよ」「ミサイルで攻撃してきた」「右急速旋回で回避しながら爆雷投下用意」」「2番機、3番機了解」「その儘で待機せよ」「敵艦、傾き始めた」「沈んでしまった!」

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普段から賑わう繁華街、休日とあって人でごった返している。しまった!そう気づいた時には遅かった。ちょっと前までは、なんとか動けたが、もう一歩も進めない。前嶋は、腕時計型のテレポート・マシンに脳波で指令を送った。次の瞬間、涼風の吹き抜ける何処とも知れない草原に、仁王立ちになっていた。

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「新鋭機の操縦に習熟したと思うが、戦闘中に淫らな想像するんじゃないぞ」「2、3番機了解」「これより戦闘空域に向い、旋回して背後に回る」「りょー」「おいどうした、精神を平静に保て。そして攻撃だ」「かいでありー」「おいこらっ!訓練の成果を発揮せい」「2番機、相手を捕獲」「3番機同じ」

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西暦2311年、帰還の途についた超光速船ホツマの乗組員8名は、地球軌道の直前で、茫然自失に陥った。座標は何度も確認していた。地球軌道に接近中なのは間違いない。だが、地球は消えてしまった。実際に天空を目視観測し、星座から太陽系であるのは間違いなかった。この異変は、何者の仕業なのか?

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内川は毎年、最北端の海で潜水をして、猛暑の夏を楽しんだ。だが今年は例年になく気温が高い。海水温が上がりすぎ、海中にも拘わらず熱い。海底が青白く光り、何故か、渦巻いている。呼吸が苦しくなり海面に向かった。水面に顔を出して辺りを見渡す。湯船の中で、何時の間にか眠ってしまっていたのだ。

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「どうした、顔が真っ青だぞ」「うん」「身体が、小刻みに震えてるじゃないか」「此処にくる前、あんまり暑いんで、夕涼みがてら海岸に、散歩に出かけたんだ」「で?」「ああ、海の方から冷気が漂ってきた」「そ、それで」「目鼻のない女が海から上がってきて、俺を突き抜け、何処へか消えてしまった」

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一瞬、月が揺らいだように見えた。気づいたのは、丁度、月を観測していたインドの一学生だった。彼は、早速、観測結果をトウィッターで呟き、世界中のインターネット・ユーザから冷笑を浴びせられた。数分後、球体のUFOが日本上空に現れ、1億3千万人近い日本人は、UFOと共に地球上から消えた。

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「インドの学生、その後どうしてるだろ」「世界中から、冷笑浴びたにしては、元気そのものだ」「元日本列島、その後の動向は」「隣国やら、ヨーロッパから押しかけてるらしい」「浅ましい限りだな」「これで、地球の砂漠化が一段と加速する」「いっそのこと灼熱地獄にしてしまうか」「暫くは静観だな」

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元日本列島に押しかけた国々の間で戦争が始まった。日本に絶えず難癖をつけたり、領土を主張していたアジアの2国は早々に淘汰の憂き目に遭い、消滅した。ヨーロッパの大国、アラブ諸国の決戦になり、核兵器の応酬が留まることなく続いた。戦火は、硝子化してしまった日本列島から、世界中に拡大……。

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「不遜な人類の滅亡は近い」「地表の3分の1が硝子化してしまってる」「列強ばかりか、小国までが核兵器で応酬してるんだ」「引き続き静観してるしかないだろな」「見殺しにするのか?」「そういうことだ」「これで我々に適した生存環境が整うことになる」「主は何もしない我々を赦して下さるかな?」

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噂に違わぬ薄気味悪い洋館だった。恒例の度胸試しに参加した桑山は、鬱蒼と茂った樹々の間を縫って、丘の中腹にある屋敷を目指した。1階の、水の滴る音がやけに反響するシャワー室を覗いてみた。天井を照らした瞬間、首筋を冷たい風が吹き抜け、髪の毛が逆立った。遠い夏の、長い一夜の思い出だった。

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「こっちだ!」「やあ!」「顔色悪いな、おまえ」「ああ、眠れねーんだ」「なんだ、期末試験の成績でも気にしてんのか?」「そうじゃない」「何だよ」「夜中に嫌な夢見るんだ」「どんな夢だ」「寒気がしたと思ったら、身体が浮き上がって行きそうになるのさ」「それって第四種接近遭遇じゃないのか?」

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火星の某大学に留学中の國喜多は、広大な図書館内に足を踏み入れた瞬間、夢遊状態に陥るも稀覯本の並ぶ書棚を観て回り、迷宮のような館内を彷徨う中に、ある書棚の横を通り過ぎかけたその時、影から出てきた手に手首を掴まれたら意識を取り戻し、『ヴォイニッチ原本』を手にしてるのに気づいて驚いた。

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豊島が、他人の表情に気づいたのは、ほんの数分前だった。通行人が、盗み見るようにしながら、慌てふためき、擦れ違って行くのだ。彼は、不審の念を抱き、通りがかったビルディング内の洗面所に駆け込んだ。鏡の中を覗いた彼は、驚きの余り息を呑んだ。額の中央から冷酷そうな目が、彼を凝視していた。

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早起きして散歩に出かけた宇和島喬太は、西の地平線がほんのりオレンジ色に輝いているのを目撃した。愈々、太陽のお出ましか……そう思いながら深呼吸した彼は、オレンジ色の輝きがやがて移動し始め自分の方角に向かってくるのを驚愕の眼差しで眺めていた。それは、ピラミッド型の巨大なUFOだった。

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PCショップで奇妙なCPUを発見した。箱に’Lucifer's Inc., Made in Antarctica’とある。凡ゆるソケットに適合するとの説明に衝動買いした。帰宅後CPUを換装してPCを起動した。モニターが瞬時に応答し砂漠が現れ……砂山を登る自分に気づき呆然となった。

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骨董屋に妙な形状のオーディオ製品があった。昔流行った蓄音機のようだが、スピーカーがない。元澤竜司は、梟のような容貌の老店主に訊ねると、視聴させてくれることに。稀有な楽音に驚き、周りを見回した。ストーン・ヘンジの石柱に寄りかかり、天上の荘厳なる調べに、独り聴き入っているではないか。

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夕方、奥本は人混みの喧騒を避け、繁華街から裏通りに入った。森閑とした住宅街の佇まいが、眼前に拡がっていた。舗道を歩く自分の足音が、甲高く響く中、彼は通りから通りを彷徨った。青っぽい光が、彼を手招きするかように揺らめき、角を曲って消えた。随いて行った先には無の空間が待ち受けていた。

60
諜報部員の日枝は追手から逃れて、路地裏の見すぼらしいビルディングに飛び込み、手近のエレベータに乗った。扉が閉まり、自動的に動き始めたエレベータは、地下300階に向かう。急速走行のため意識朦朧となりながらもエレベータから降りた日枝、眼前の広大な青海原を前にして呆然自失してしまった。
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