8月8日の約束…

言葉が見付からない...

「悠理は何処の高校を受けるん?」
と、聖来は訊いた。

「乃木学園を受験する予定だよ。」
と、悠理は答えた。

「一緒やな。」
聖来は悠理を見て、
「ウチも乃木学園にしよう思ってん。」
と、笑った。

━━2016年の夏…。
悠理達は中学三年生になっていた。

進学などの最終的な進路を決める時期だ。

「じゃあ、一緒に乃木学園行こうね。」
と、悠理が言った。

「うん。」
聖来は頷いてから、
「ほな、一緒に勉強せぇへん?」
と訊いた。

「いいよ、一緒に勉強しよう。」
と、悠理は快諾した。

━━それから、二人は放課後や休みの日などに、図書館などで一緒に勉強をした。

乃木学園は偏差値69の高校で、猛勉強しても合格はなかなか難しい学校だった。

しかし、二人はお互いの苦手な所を教え合い、励まし合って、学力を高めていった。


━━年が明けた頃には、二人共、乃木学園が合格圏内に入る程にまでなっていた。

若干ではあるが、悠理よりも聖来の方が学力は上だった。


━━乃木学園の試験の前日…。

「あとは明日の試験をクリアするだけやな。」
と、聖来が言った。

「うん。」
悠理は頷いてから、
「今日は早めに終わろうか?」
と訊いた。

「そやな。」
と、聖来も同意した。


図書館の位置が、二人の家の間くらいにあるので、二人は図書館で別れて別々の道を歩いて帰った。

今日は朝から雨が降っていた。

この時間、雨足が強まってきていた。

聖来は公園を通って帰ろうと、公園の中に入った。

《クウーン》

━━何処からか、仔犬の鳴き声のようなものが聞こえてきた。

「なんやろ?」
聖来は、辺りをキョロキョロと見渡した。

「!?」
聖来は、仔犬が木の下で震えているのを見付けた。

━━捨て犬だろうか?
近くに濡れたダンボール箱が置いてある。

聖来は、その仔犬に歩み寄った。

「可哀想やな。」
聖来はしゃがんで、その仔犬に話し掛けるように呟いた。

《クウーン》
仔犬は震えながら小さく鳴いた。

「でも…。」
聖来は困った顔をして、
「ウチの家は賃貸マンションやから、飼ってあげられへんねん…。」
と、申し訳なさそうに言った。

「せやから…。」
聖来は仔犬を見つめて、
「これで、雨をしのいでな…。」
と言って、自分が差していた傘を仔犬が濡れないように立て掛けて差した。

「ウチ、明日大事な試験やねん…。」
聖来は仔犬を優しく撫でてから、
「元気でな…。」
と言って、立ち上がった。

《クウーン》

仔犬の鳴き声を背に、聖来は走り出した。
その声は《ありがとう》と言ってるようにも聴こえた…。


聖来が仔犬に傘をあげてから、更に雨足が強まった。

聖来は、びしょ濡れになりながら、自宅まで走って帰った。


━━試験当日。

前日、びしょ濡れになったせいで聖来は、風邪を引いてしまった。

聖来の両親は、休んだ方がいいと説得したが、どうしても乃木学園に入学したかった聖来は、高熱にうなされながら受験した…。

高熱のせいで、試験中の記憶が曖昧になるほど、意識が朦朧(もうろう)としていた。


━━2017年3月。
乃木学園の合格発表日。

悠理は、一人で乃木学園に来ていた。

当初、聖来と来る予定だったが、午前中に用事が出来た為、別々に行く事にした。


「あるかな?」
悠理は、自分の番号を探した。

「!?」
悠理の目が止まる。

「あ、あった…。」
悠理は呟くように言った。

━━悠理は合格していたのだ。


「おめでとう…。」

後ろから声がした。

悠理は後ろを振り返った。

━━そこには、暗い表情の聖来が立っていた。

その表情で、悠理は察していた。

「ウチは、駄目やった…。」
聖来は首を横に振った。

「……。」
悠理は言葉を失った…。
聖来に掛ける言葉が見付からなかった…。

「悠理、ホンマにおめでとう!」
聖来は、精一杯の笑顔で言った。

「……。」
悠理は、《ありがとう》の言葉すら出てこないほど動揺していた。

そして、聖来は悠理に背を向けて、とぼとぼと歩き出した。

それでも悠理には、聖来に掛ける言葉が見付からなかった…。

一緒に苦しい受験勉強を乗り越えて来た親友に、掛ける言葉を探すなど、中学三年生の悠理には酷であった…。


━━その夜。

聖来は、自宅マンションの屋上から身を投げた…。
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