8月8日の約束…
きっかけ

変化

「━━上村さん…。」

そう声を掛けられて、その少女━━上村紗耶(うえむら・さや)は振り返った。

━━上村紗耶、身長164cm。
肩よりも少し伸びた黒髪のストレートヘアの美少女だ。

声を掛けて来たのは━━悠理だった。

━━ここは日向高校の悠理のクラス。
紗耶は、悠理と同じクラスの女生徒だ。


━━2018年6月のある日の事。

「これ、落としました…。」
と言って、悠理はリップを差し出した。

どうやら紗耶が落としたらしい。

「ありがとう、鈴本さん。」
と言って、紗耶はリップを受け取った。

「うん…。」
悠理は頷いた。

━━落し物を拾ってあげる事くらい、学校生活では日常茶飯事だろう。

しかし、人と接する事に消極的になっていた悠理は、今まで声を掛けるのも出来なくなっていたのだ。

自分から同級生に声を掛けるなんて、乃木学園時代には、まず無理だっただろう。

悠理が遥香と知り合ってから、悠理の心の中に変化が訪れていた。

「急に声掛けられたからビックリしちゃった。」
と、紗耶は笑った。

「ご、ごめんなさい…。」
と、悠理は謝った。

「何で謝るの?
リップ拾ってくれたのに。」
と、紗耶は訊いた。

「ご、ごめんなさい…。」
悠理は、また謝ってしまった。

「声掛けてくれて嬉しかったよ。」
と、紗耶は言った。

「え?」
と、悠理は紗耶を見た。

「鈴本さんが、ウチらに話し掛けて来ないのは、鈴本さんが東京から来た子だから、ウチらみたいな田舎モン相手にしてくれてないと思ってたの…。」
と、紗耶は言った。

「わ、私…そんな事…思った事…ないです…。」
と、悠理は否定した。

「大丈夫、今はそんな風に思ってないから。
輪の中に入るのが、ちょっと苦手なだけなんでしょ?」
と、紗耶は訊いた。

「━━うん…。」
悠理は小さく頷いた。

「ウチらこそごめんね。
色々、話し掛ければ良かったね。」
と、紗耶は謝った。

「ううん、私の方がいけないの。」
と、悠理は言った。

「これから仲良くしようね。」
と、紗耶は言った。

「うん。」
悠理は頷いた。

「どうかしたの?」
と、誰かが声を掛けて来た。

「さくら、鈴本さんが私のリップ拾ってくれたの。」
と、紗耶が答えた。

声を掛けて来た少女の名前は━━尾関さくら(おぜき・さくら)で、悠理と紗耶と同じクラスの女生徒だ。

尾関さくら、身長160cm。
肩までの黒髪のストレートの似合う美少女だ。

「悠理ちゃんて、優しいんだね。」
さくらは言ってから、
「あ、ごめんね、馴れ馴れしく悠理ちゃんとか言っちゃった!!」
と謝った。

「ううん、悠理で…いいよ…。」
と、悠理は答えた。

遥香と出会って、悠理は少しずつだが前向きになってきていた。


━━2018年7月上旬。

ここは、悠理達の教室。

「では、今から期末テストを返します。」
と、英語教師━━守屋絵梨花(もりや・えりか)は言った。

守屋絵梨花、身長160cm、24歳。
肩までの少しウェーブのかかったナチュラルブラウンの髪に、キリッとした目が特徴の美女だ。
━━悠理達のクラスの担任でもある。

「今回、このクラスの英語の平均点は、54.2点でした。」
と、絵梨花は言った。

皆、英語があまり得意ではないようだ。

「━━鈴本悠理さん。」
と、絵梨花は言った。

「は、はい…。」
悠理は返事をした。

「私は、2年生の英語を4クラス見ているけど、鈴本さんだけが唯一100点でした。
おめでとう!!」
と、絵梨花は言った。

「すごーい!!」

「おめでとう!!」

と、クラスの皆が拍手をしてくれた。

「ど、どうも…。」
と、悠理は頭を下げた。


━━英語の授業の後。

悠理が席に座っていると、

「悠理。」
と、紗耶が声を掛けて来た。
━━さくらも一緒に来た。

「何?」
悠理は二人を見た。

━━転入して約一ヶ月…。
少しずつだが、悠理はクラスに馴染んでいた。

「ウチらに英語教えてくれないかな?」
と、今度はさくらが言った。

「…うん、私で良ければ…。」
と、悠理は答えた。

「ありがとう。」
紗耶が言った。

(人と触れ合うのっていいなぁ…)
悠理は思っていた…。


━━悠理と遥香は、あのあとも何度か会っていた。

公園やファーストフード店などで、他愛もない会話をするだけだったが、閉ざされていた悠理の心の扉は、少しずつ開き始めていた…。
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