8月8日の約束…

笑顔

「綾乃ちゃん…。」
と、悠理は声を掛けた。

━━2018年9月のある日。
ここは、綾乃達が借りているアパート。

「どうしたの?」
綾乃は、悠理を見た。

「私…。」
悠理は、少し間を置いて、
「アルバイト…始めて…みよう…かなって…。」
と、自信なさそうに言った。

「え?」
綾乃は悠理を見つめて、
「本当に?」
と、訊いた。

「うん、生活費とかも入れたいし。」
と、悠理は答えた。

「お金の心配なら要らないよ。」
と、綾乃は言った。

「でも、欲しい物を買ったりしたいし…。」
と、悠理は答えた。

「欲しい物あるなら、私が買ってあげるよ。」
綾乃は言った。

「ありがとう、でもね…。」
悠理は少し間を置いて、
「色々な人と接してみようかなって…。」
と続けた。

「!?」
綾乃は驚きを隠せず、
「だ、大丈夫?」
と訊いた。

「うん。」
悠理は頷いた。

━━悠理が栃木に来て三ヶ月…。

悠理が、自ら外の世界と関わろとしていた。

━━悠理は本来は明るい性格で、比較的誰とでも仲良くなれる少女だ。

それが、東京の学校での出来事がきっかけで、人と関わる事を拒絶していた。

そんな悠理が前向きになってくれた事が、嬉しかった。


━━しばらくして、悠理はアルバイトを始めた。

ファミリーレストランのホールスタッフの仕事だ。

「鈴本さんっていうの?」
悠理のネームプレートを見たお客さんが声を掛けてきた。

「はい。」
悠理は返事をした。

「さっきから見てたけど、君は仕事が丁寧だね。」
と、そのお客さんは言った。

「あ、ありがとうございます…。」
と、悠理は答えた。
自分の仕事を認めて貰えたせいか、自然と笑みがこぼれた。

「いい、笑顔だね。」
と、お客さんは言った。

━━悠理は学校の友人だけでなく、色々な人と話せるようになってきた。


━━2018年11月のある日。

悠理の携帯に遥香から電話が掛かって来た。

「もしもし…。」
悠理は電話に出た。

『もしもし。』
遥香が言った。

「久し振り、どうしたの?」
悠理は訊いた?

━━遥香から岡山のお土産を貰った日から、殆ど会っていなかった。

遥香も色々と都合が悪いらしく、悠理もアルバイトを始めた為、電話すら久し振りだった。

『良かったら、クリスマスに何処かに遊びに行かない?』
と、遥香が言った。

「うん、いいよ。」
悠理が笑顔で答える。

『あと、クリスマスプレゼントの交換しない?』
と、遥香が訊いた。

「いいよ。」
悠理は返事をした。

『悠理はクリスマスプレゼント、何が欲しい?』
と、遥香が訊いた。

「うーん…。」
悠理は少し考えてから、
「宇都宮餃子。」
と答えた。

『餃子?』
と、遥香は不思議そうに訊いた。

「うん、だって、宇都宮って餃子しかないでしょ?」
っと、悠理は悪戯っぽく言った。

『あー、ディスったー!』
っと、遥香の方も悪戯っぽく怒った。

『宇都宮はともかく、栃木は色々あるもん。』
と、遥香が言った。

「他に何かあるの?」
と、悠理が訊いた。

『え…?』
遥香は少し考えてから、
『と、栃木…レモン…牛乳…とか…。』
と、苦し紛れの言い訳のように言った。

「ベタ過ぎる。」
と、悠理は苦笑した。

『きゅ、急に聞かれて、出てこなかっただけよ。』
遥香は一応、反撃した。

━━この遥香の言っている《関東レモン牛乳》とは、元々は宇都宮にあった《関東牛乳》という、老舗メーカーが製造していた商品なので、宇都宮が発祥の地でもある。

関東牛乳の廃業で栃木乳業がレシピを譲り受け、2005年1月頃、《関東・栃木レモン》の名前で復活した。
2000年に、牛乳による集団食中毒事件が発生した関係で、2003年より生乳100%のものしか《牛乳》と表記出来なくなった為に、《牛乳》の文字が商品から消えた。

ただ親しみやすさや呼びやすさ等から、《レモン牛乳》と呼ばれる事が多い。

━━そして二人は笑い出した。

━━その悠理の笑い声を、偶然、綾乃が聞いていた。

別に盗み聞きをした訳ではない。
悠理の部屋の前を通った時に、悠理の部屋から笑い声が聞こえて来たのだ。

(悠理ちゃんが笑ってる…。)
綾乃は嬉しかった…。

『あと、二人で何処かに行きたいなぁ。』
と、遥香が言った。

「うん、いいよ。」
と、悠理は言った。

『悠理は東京出身でしょ?』
と、遥香が訊いた。

「うん、そうだけど。」
と、悠理は答えた。

『なら、東京を案内して欲しい!』
と、遥香は身を乗り出すように言った。
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