自分より大切なもの



 佐古は何も言わずに車のエンジンをかけ、運転を始めた。
椿はきっと何か質問されるだろうと構えていたが、佐古からは何一つ聞かれることは無かった。椿にとって自分の母親の事を他人に話すことはとても勇気がいる事だった。今まで誰とも深く関わろうとはしなかった彼女にとって、佐古や夏樹など、人のカラをぶち破ってくるタイプの人間は正直……うっとうしかった。




椿 
「……ホントにウチに来る気?」



佐古
「……当たり前だろ。」



椿
「今日は予定あるし……。また今度にしてよ。」




 椿は咄嗟にウソをついた。




佐古
「予定?そんなもん、キャンセルしろ。」



椿
「何でそんなにお母さんに会いたがるのよ……。」



佐古
「だから言ってんだろ、その怪我の事謝るんだよ。」



椿
「電話で言えばいいよ。」



佐古
「良い訳ねぇだろ!!」




 佐古は少し声を張り上げた。




椿 
「…………。」



佐古
「それにお前の単位の事もあるしな……。前から一度ちゃんと会って話しておきたいと思ってたんだ。」



椿
「……居ないよ。」



佐古
「……は?」



椿
「お母さん、めったに家に帰って来ない。」




 椿は半分開いた窓から空を眺め、話し出した。




椿
「私のお母さん、ヤク中なの。」



佐古
「…………。」



椿
「……冗談だよっ(笑)」



佐古
「笑えねぇぞ。」



椿
「……ただ、仕事が忙しいだけだよ。」



佐古
「それでいつも家に居ないのか?」



椿
「うん。」



佐古
「飯ぐらいは食いに帰って来てんだろ?」



椿
「帰って来ないよ。」



佐古
「じゃあお前、どうやって生活してんだよ。」



椿
「月に一、二回まとまったお金置いて行ってくれてる。」



佐古
「それで、お前はほとんど一人で暮らしてるのか?」



椿
「そう。」



佐古
「………失礼だけどお母さん、何してる人なの?」




 椿は少し間を空け、そして答えた。




椿 
「…………知らない。」




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