ぜんぶカシスソーダのせい
▲5手 ぜんぶカシスソーダのせい


湿った重い布団と濃密な元輝の匂いの中で、千沙乃は目を覚ました。
モスグリーンのカーテンを通した光は、弱々しく部屋を照らしている。
脚を滑らせてもシーツの感触しかしないので振り返るが、ベッドには千沙乃ひとり。
アクセサリーを含め、昨日から変わったところのない衣服を確認して起きあがると、ベッドの下には並んだ座布団と、脱皮したようなタオルケットが転がっていた。

水音に続いてトイレから出てきた元輝は、パタパタと涙をこぼす千沙乃を見て一瞬脚を止める。

「え! 何? いきなり」

千沙乃の涙は嵩を増すばかりで、噛みしめた口から言葉を発することもできずにいる。
慌てた元輝は、ゴミ箱やリモコンを蹴飛ばしながらティッシュ箱を探し、千沙乃に渡した。
何枚も何枚も、涙をせき止めるようにティッシュを目に充てる千沙乃は、その向こうから声を絞り出す。

「なんでよ。なんで手出してこないの? 私ってそんなに魅力ない? それとも本気で髪だけが好きなの?」

「そんなわけないでしょ」

「だったらどうして? 男って無防備に寝てる女がいたら、とりあえず手出すもんでしょ? しかも彼女なのに」

「あのねー、千沙乃ちゃん」

元輝は幼い駄々っ子をなだめる口調で言い聞かせる。

「あなた、どんな鬼畜と付き合ってきたの。愛情からも性欲は生まれるけど、性欲=愛情ではないんだよ?」

「私には欲求を感じないってこと?」

「そうじゃなくて。意志疎通もまともに取れない状態の女の子相手に、どうやって愛情を確認するんだよ。そんなのただの性欲処理でしょう」

濡れた赤い目で千沙乃はなおも元輝を睨む。

「性欲処理でもいいのに」

「俺は彼女をそんな風に扱ったりしない」

「私のこと、ちゃんと彼女だって思ってる?」

「当然」

「好き?」

「当然」

ぐちゃぐちゃに握りしめたティッシュの固まりに、千沙乃は再び顔を埋める。
涙に暮れる千沙乃の隣で、元輝はためらいながら口を開いた。

「神様からのご褒美なのか、それとも悪魔の誘惑なのかって、考えてた」

「私は私だよ」

「うん。ごめん。千沙乃の気持ちまで考える余裕なかった」

元輝は千沙乃との距離を詰めて、その泣き顔を覗き込む。

「でさ、やっと三段にも昇段したし、意志の疎通もはかれたことだし、触ってもいい?」

「ヤダ。お風呂に入りたい」

そう言いながらも、千沙乃はうるんだ瞳で元輝を見つめる。
元輝も千沙乃の言葉を無視して顔を寄せた。


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