ぜんぶカシスソーダのせい
△6手 ぜんぶ恋のせい
「薄い……」
マグカップに口をつけて、千沙乃は不満をこぼす。
「そう? じゃあ自分で粉足して」
いつもと同じカラッとした声で、元輝はインスタントコーヒーの瓶とスプーンを千沙乃の前に置く。
「いい。後から足すとおいしくないから」
「え? どっちでも同じじゃない?」
「全然違うよ。だからこのままでいい」
千沙乃が薄いコーヒーをもうひと口飲む間に、元輝はトーストをざくざくかじっている。
その顔を見つめながら、千沙乃は自分の毛先を弄んだ。
何の用意もしてこなかった千沙乃は、今元輝のTシャツとハーフパンツを借りている。
安いシャンプーで洗った髪がギシギシ絡む。
トリートメントどころかコンディッショナーもないのだから、まとまりようがない。
顔もメンズ用の洗顔フォームで洗っただけで、今は左右の目の大きさが微妙に違うし、眉もない。
それなのに、身体の中心からエネルギーが全身に広がっているようだった。
元輝の気配が隅々まで行き渡って、この毛先まで満たされている。
そんな身体がいとおしくて、両腕でぎゅっと抱きしめた。
「食べないの?」
「食べる。けど、なんか胸がいっぱいで」
微笑む元輝に、千沙乃も笑顔を返す。
胸の奥に落ちた一片の不安から目を背けて。
元輝の視線が時計をとらえたと気づいたので、何の気なしを装って千沙乃は声をかける。
「勉強してもいいよ」
「うん、ごめん」
元輝は弱々しく口角を持ち上げた。
「邪魔ならなるべく早く帰るけど、できれば、ここにいてもいい? 静かにしてるから」
「相手はしてあげられないけど、いたいだけいていいよ」