ぜんぶカシスソーダのせい
パソコンの前に座る元輝の目は、もう千沙乃を見てはいない。
乱れたベッドを軽く直して座り、千沙乃はその背中を黙って見守っていた。
夢を追っているにしては、影の多い背中を。
プロ棋士になれず、元輝が年齢制限によって奨励会を退会するのは、四年後のことである。
出会わない方がよかった? なんて元輝に聞いたら、そんなわけないでしょ、と即座に否定するだろう。
だからそれはズルい逃げなのだ。
贖罪の代わりに、千沙乃はその質問だけは口にしない。
そんな未来を知らない元輝は、一心に目の前の将棋に心を向けている。
携帯電話で時間を確認すると三十分経っていた。
パソコン画面の端にも、同じ時刻が表示されている。
千沙乃と元輝の時間は等しく流れているはずなのに、それはまったくの別物だった。
元輝が惜しむ一分を、千沙乃はひたすら浪費する。
強くなりたいと元輝はもがいている。
けれどどうしたら強くなれるのか、それは誰も知らない。
対戦相手だけでなく、これが限界かもしれないという不安とも戦うのだ。
元輝が背負う暗い光が見えるような気がした。
もしかしたら、自分はそこに惹かれたのかもしれないと思ったけれど、それもおそらく正解のごく一部でしかないのだろう。
結局千沙乃にできるのは、彼を愛することだけ。
元輝を愛してる。
理由は、いらない。
end.