ぜんぶカシスソーダのせい
説明されたところで納得できず、下心の詰まったバッグをボスッと殴る。

「将棋するのになんで六時間も必要なの? さっさと打てばいいのに」

ふてくされる千沙乃の前に、元輝はふわんと笑って将棋盤を寄せた。
パチパチと独特の手つきで駒を並べる。

「じゃあ千沙乃、一手指してみて」

駒の動かし方さえ知らないけれど、見たこともない元輝の迫力に押され、真ん中の“歩”という駒をひとつ前に進めた。

「お、悪くない」

そう笑って、元輝は千沙乃から見て左から二番目の“歩”をひとつ前に進めた。

「たったこれだけでもね、ある程度の戦型に絞られるんだよ」

「これだけで?」

「そう。ここから予想される戦型に沿ってできる限り先の手を読む」

「そんなの相手が何するかなんてわからないじゃない」

「そうだよ。だから読みが違ってたら、そこからまた読み直し。五手先までの枝分かれを三通りずつ読んだとして、単純計算で243通り? 良くなければ元に戻って違う手を考えてみる。時には二十手先くらいまで読むこともあるよ」

「きりがないよ」

「そうでしょ? だから時間が必要なんだ。二十手先の盤面をどれだけ正確に読めていたか、それが勝敗を分けることになるから」

すいすい駒をしまいながら、元輝は楽しそうに将棋を語る。
ふーんという返事とため息に混ざり、千沙乃の目論見は霧散した。
今日こそもう少し恋人らしい雰囲気になるかと思ったのに。

「あー、もうこんな時間。送るよ」

と元輝はあっさりと立ち上がり、千沙乃も重いバッグを抱えてその後を追った。

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