月夜の旅
男は聞きもしないのに自分から、ヘンリックだ……と名のった。

「橋を渡りたいのですが……」
ハンスは言った。

「いいとも」
ヘンリックは髭面の口もとをゆるめて、うなずいた。

「ところで、橋はどこに?」
ハンスはあらためて周囲をきょろきょろ見まわした。

「橋がどこにあるかって、アンタはいうのかね?」
ヘンリックは大きな眼をひんむいた。

「はい……」

「おい、若いの……」ヘンリックは笑いをこらえながら言った。「橋がないじゃないか。
そう言いたいようだな」

「でも……」

「でも……だと」
ヘンリックは笑った。

「それなら、いったい、どこにあるというのですか?」

「ほら、おまえの眼のまえにちゃんとあるじゃないか?」
ヘンリックは指さした。

けれどもどこにも橋などなかった。ただ滔々(とうとう)と流れる太い河があるだけだった。


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