新妻ですが、離婚を所望いたします~御曹司との甘くて淫らな新婚生活~
けど、違った。

とんだ自惚れ屋もいいところだ。皐月くんが好きなのは、今の私じゃない。

同期として交流を深め、その関係が恋人に変わり、そうして夫婦となった──今の自分が持っていない7年分の記憶を持った、私と同じようで違う“私”。

どれだけ私が皐月くんを望んでも、彼自身は、今この瞬間の私を望んではくれない。

さっきのキスや手を繋いでくれたことは、きっと、雰囲気に流されただけか……私の期待を察した優しい彼が、その希望通りの行動をしてくれただけ。

きっと、それだけだったんだ。



「……ッ」



──恥ずかしい。
消えてしまいたい。
苦しい。
悲しい。

暗い感情がいっぺんに押し寄せてきて、胸が潰れそうな私は下唇を噛んでそれに耐えた。

そうしてぐちゃぐちゃな心とは裏腹に、なんとか笑ってみせる。



「そ……っか。そうだよね、変なこと言っちゃって、ごめんね」



上手く、震えずに、言えただろうか。

ハッとしたようにこちらを向いた皐月くんと、一瞬だけ目が合う。

けれど今度は私から顔を背けて、視線を無理やり外した。



「ごめんね、皐月くん。今のは、忘れて」

「礼、」

「お風呂の準備、してくる」



何か言いたげに私を呼んだ彼の声を遮り、踵を返す。

足早にリビングを抜けて廊下に出たあと、脇目も振らず一直線に自室の中へと逃げ込んだ。

普段より大きな音をたてて閉まったドアに背中をつけ、震える息を吐き出す。



「……ふ……っ」



うつむく私の目からぼたぼたとしずくが落ちた。滲む視界の中、フローリングの床に水たまりができていく。

両手のひらで口もとを覆いながら、漏れ出そうになる嗚咽を必死に押し殺した。
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