新妻ですが、離婚を所望いたします~御曹司との甘くて淫らな新婚生活~
きっと、彼だって戸惑っているだろうに……結構冷静に見えてしまうのは、感情を隠すのが上手いということなのかな。

さっきは「納得してきた」なんて言ったけど、それでもまだ、越智くんに関しては知らないことばかり。

早く──思い出して、あげたいな。



「あ、そうだ。今の“私”は、越智くんのことなんて呼んでたのかな」



不意に思いつき、尋ねてみる。

一瞬目をみはってから、越智くんはポツリと答えた。



「……『皐月くん』」

「わかった。じゃあこれからは、そう呼ぶね」



そう言って、ニッコリ笑ってみせる。

少しの間、なぜだか越智くんは固まっていた。

けれども不意に、プッと噴き出す。



「え、どうしたの?」

「いや。結婚してその呼び方に変えたときは、恥ずかしがって手こずってたのに……今の礼はあっさり呼べるんだなって思って、可笑しくて」



笑い混じりのそのセリフには一瞬きょとんとしてしまうけど、すぐにじわじわと照れくささが込み上げて頬が熱くなる。

そ、そうか……記憶を失う前の私は、新婚の旦那さんの名前を恥ずかしさのあまり呼ぶのを躊躇ってしまうような、そんないじらしさを持ち合わせていたのか。

まあ、結婚して3年以内のことを新婚と呼ぶらしいので、今だって充分に新婚の範囲内なのだけど。

我ながら、なんて初々しい……本当に、越智くんのことが──皐月くんのことが、好きだったんだなあ。

……なのにどうして私は、彼のことを忘れてしまったんだろう。
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