新妻ですが、離婚を所望いたします~御曹司との甘くて淫らな新婚生活~
「……行くな」

「っえ」

「どこにも行くな、礼」



目を丸くする私を、苦しげな表情で見下ろしている皐月くん。

言葉を失う私に向け、彼はさらに続ける。



「ごめん、あんな話して、混乱しないわけがないよな。でも、俺の勝手だけど、あの家に戻ってきて欲しい。こんなふうに……何も言わずに、出て行かないでくれ。おまえにいなくなられたら、俺は──」

「っま、待って、皐月くん!」



あまり見ない必死な様子で語る彼に、思わず待ったをかけた。



「ごめんなさい、こんな時間に出かけてて。でもこれは、その、家出したとかじゃなくて……」



未だ切羽詰まった表情ながら、口を噤んでじっと私を見つめる皐月くんに、ドキドキしながら伝える。



「散歩のつもり、だったんだけど」

「……え?」



今度は、彼が目を丸くする番だ。

いたたまれない気持ちで、私は膝の上に載せた両手の指先をもじもじと動かす。



「皐月くん、今日も帰りが遅かったんじゃ……?」

「……早く帰れることになったと連絡したら返信がなくて、家に着いてもおまえはいなかった。何度電話しても連絡がつかないし、まさかと思って、考えつくところを探し回った」



彼の返答に、慌ててバッグからスマホを取り出した。



「あ、電源落ちてる」

「……なんだ、そうか」



気が抜けたように、皐月くんがその場でしゃがみ込む。

焦った私は両手を前に出してベンチから腰を浮かせた。
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