新妻ですが、離婚を所望いたします~御曹司との甘くて淫らな新婚生活~
すると、彼が動いた。

プリンのひとつは、冷蔵庫の中へとしまって──それから残りのひとつとスプーンを手にしたまま、ベッドのふちにゆっくり腰を下ろす。

ギシ、と小さく軋んだ音に一瞬肩を震わせてから、おそるおそる皐月くんに目を向けた。



「ありがとう。じゃあ、俺もいただくよ」



優しい微笑を浮かべた彼が、こちらに顔を向けてそう言った。

同時に軽く頭を撫でられる。そのとろけるような笑顔も相まって、きゅんと胸が高鳴った。



「う、うん……」



ドキドキを悟られてしまわないよう目を逸らし、小さく答える。

平静を装って、またひと匙プリンを口に運んだ。
なのに急に味がよくわからなくなってしまい、私はひそかに困り果てる。

ああ、“私”は──この人のことが、大好きなんだなあ。

今のやり取りで、改めて実感してしまった。彼にドキドキする心臓は、やはり、この時代の“越智 礼”のものなのだ。

彼に恋し、そして結婚を決意した、未来の自分。

少しずつでも……その自分と今の自分との境界が、なくなっていければいい。

そうしてできれば、なるべく早く、失った7年分の記憶を取り戻せたら。

彼にまつわるすべてを、思い出せたらいい。



「ん。美味い」

「あ、だよねっ、おいしいよねぇ」



プリンをひと口咀嚼してつぶやいた皐月くんに、明るい声をかけた。

そんな私に向け、やっぱり彼はやわらかく甘い笑みをみせる。

自分の夫である人物の言動にいちいちときめく心臓に戸惑いながら、この先のことを思ってよぎる不安に蓋をするよう、私もぎこちなく微笑み返したのだった。
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