新妻ですが、離婚を所望いたします~御曹司との甘くて淫らな新婚生活~
下手に誤魔化したりはせず、素直に自分の胸の内を晒して苦笑する。

けれどもそれから私は前に向き直り、力強い声音を心がけて続けた。



「でも、もう決めた。なるべく私は早く全部思い出したいから、できることはがんばるんだ」



自由な左手を握りしめてこぶしを作ると、今度は彼ににっこり笑ってみせる。

私を見下ろす皐月くんは、複雑な表情だ。

そして不意に、ため息を吐く。



「わかった。次の休みにでも、どこか行ってみよう」

「あ、ありがとう……! あの、付き合わせちゃって、ごめんね」

「だから、謝るなって。そんなふうに遠慮ばかりされると、結構悲しい」

「!」



ハッと顔を上げた先の皐月くんは、どこか困ったような苦笑いで私を見つめていた。

反射的にまた謝罪の言葉が口をついて出かけ、けれどもそれを、グッと堪えて飲み込む。

代わりに、繋いだ手をさっきまでより強く握った。




「……頼りに、してるね。私には、皐月くんしかいないから」



言ってから、かあっと顔が熱くなって思わずうつむいた。

ちょっと、大胆だったろうか。いや、私と彼は夫婦なのだ。別にこのくらいのセリフ、どうってことないはずだ。

自分に言い聞かせながら、少しの間を耐える。

旦那サマの顔を見られないでいる私の頭のてっぺんを、大きな手のひらが撫でた。



「……ああ。俺も──礼だけが、特別だ」



心臓の音がうるさい。この高鳴る鼓動が、彼に聞こえてしまっては困るような、いっそ聞こえて欲しいような……矛盾した不思議な心地で、小さく「ありがとう」とつぶやいた。

きっと耳まで真っ赤になっている今の私は、夏のせいでなく身体中が火照って汗ばんでいる。

重ねた手のひらだって、きっと。



「お夕飯、何がいいかな?」

「あー……カレーとか? って、先週も食べたな……でも、礼が作るカレー美味いから毎日でもイケるんだよな」

「ふふっ、それはうれしい。じゃあ、今日はキーマカレーにしようか」



他愛ない会話に心を弾ませながら、皐月くんは気になっていないかなとちょっぴり落ちつかない。

それでもともに住むマンションにたどり着くまで、繋いだ手をほどきたいとは思わなかった。
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