新妻ですが、離婚を所望いたします~御曹司との甘くて淫らな新婚生活~
考えてみれば、皐月くんとは家の中でも外でも、これまで一緒にお酒を飲んだことがなかった。

私は特別強いというわけではないけれど、誰かと一緒にお酒を飲みながら話すことは好きだ。

それに、これは内緒だけど……アルコールが入った皐月くんはどんな感じなのかな、なんて興味もある。

私が示す先にある店を1度チラリと見上げてから、彼が再びこちらへ視線を戻した。



「それは……全然構わないけど。でもどうせ飲むならここじゃなくても、もっと洒落た感じの店にしなくていいのか?」

「いいの。オシャレなお店なら、お昼に充分満喫したし」



皐月くんの言葉に笑って返す私は、さらにイタズラっぽく続ける。



「それに今は、オシャレな雰囲気のお店で大人なディナーをするより……ワイワイ騒がしい空気の中でおっきい声出して笑いながら、キンキンに冷えたビールを『カンパーイ!』ってしたい気分なんだよね」



言いながら、片手に持った見えないジョッキでエア乾杯の動作をした。

そんな私を、皐月くんが軽く目をみはった驚きの表情で見つめる。

だけどすぐに、その顔を緩めた。



「わかった。じゃあ、ここにするか」

「あ……うん。ありがと、皐月くん」

「これ、礼を言われることかな。名前通り、言い過ぎだぞ」



からかうように口角を上げる皐月くん。

私は「もう」と少しむくれたフリをしてから、「じゃあ、入ろっか」とまた笑みを浮かべた。

つい先ほど、私が乾杯のジェスチャーをした際の彼の反応をなんとなく不自然に感じたことなど、すぐに忘れてしまう。

そうして皐月くんと私は、営業を開始したばかりの店内へと足を踏み入れたのだった。
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