新妻ですが、離婚を所望いたします~御曹司との甘くて淫らな新婚生活~
早鐘を打つ胸もとに片手をあて、長く息を吐き出した。



「私、今……」

「急に動きが止まったと思ったら、ぼんやりして目の焦点も合わなくなった。何回も呼びかけたけど返事がないから、肩を揺すったんだ。こないだの──あの階段のときと、同じように見えた」



私から手を引いて座り直した彼は、話しながらこちらをうかがうような眼差しだった。

もう1度小さく深呼吸をしてから、私はうなずく。



「……うん。今……一瞬だけどまた見えたよ。たぶん、過去にあった出来事の映像」



そこまで言って、少しためらいながら皐月くんと視線を合わせた。




「もしかして、皐月くん……このお店で、私にプロポーズした?」



目を丸くした彼が、固まる。

だけどすぐ、観念したようにため息をついた。



「……ここで思い出すなら、その記憶だよな。だからこの店に入るのを迷ったんだ」



こちらから目を逸らすと、ばつの悪そうな顔で首の後ろに片手をやる。

やっぱり、と思いながら、私はどうしようもない違和感を覚えていた。

皐月くんが妙に真剣な表情をして、またこちらと視線を合わせた。



「思い出したのは、プロポーズの瞬間だけなのか?」

「あ、うん……えっと、『結婚しないか?』って言われたとこだけ」

「……そうか」



私の返答に小さくつぶやいた皐月くんが、その顔に苦笑を浮かべる。
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