新妻ですが、離婚を所望いたします~御曹司との甘くて淫らな新婚生活~
『……っふ』
前触れなく隣から降ってきた小さな笑い声に、私は夢中になって走らせていたボールペンを持つ手を止め顔を上げた。
見ると、長テーブルの右隣の席に座る同期──研修中の私たちは、厳密には入行式を迎えないとまだこの銀行の一員といえないだろうけど──が、笑いを堪えるように右のこぶしを口にあてて、私の手もとにあるレジュメに視線を向けている。
彼の名前は……そう、越智くん。越智皐月くん。
聞いた瞬間『綺麗な名前だな』って思ったから、すぐに覚えたのだ。
越智くんがどうしてそんな様子でいるのかわからなくて、つい首をかしげる。
彼は口もとを隠す手とは反対側の手を持ち上げ、レジュメの片隅を人差し指で指した。
『悪い、それ……その、今描いてたやつって、もしかして』
言われて自分の手もとに視線を落とす。
研修プログラムの合間の休憩時間である現在。スマホをいじったり他の同期たちと話すでもなく、私がボールペンを動かして描いていたのは……。
『これ? マネリンちゃん』
『くっ、』
きょとんとした表情で自分が就職した銀行のマスコットキャラクターの名前をあっさり答えれば、越智くんがさらに笑い声をこぼした。