新妻ですが、離婚を所望いたします～御曹司との甘くて淫らな新婚生活～

『どういたしまして。宮坂さん』



その後の研修プログラムで、講師から指名された人物が顧客対応のロールプレイングを体験するというものがあり、無作為に選ばれた数名の中に越智くんの名前も含まれていた。

講堂の前方に向かうため席を立った彼の真新しいスーツの裾を控えめにつまんで、こっそり呼び止める。



『越智くん』



小声で名前だけをささやき、トントンと自分のレジュメを人差し指でつつく。

そこには前の休憩時間に描いたイラストに加え、キャラの口あたりから出した吹き出しの中に【がんばってね！】のメッセージ。

私の示した先を見た越智くんは１度目を見開いてから、ふっと吐息混じりの笑みをこぼした。

力強くうなずきながら声を出さず『ありがとう』と言い、席を離れる。

その後電話応対のロールプレイングを演じた越智くんは、新人とは思えない見事な受け答えを見せた。

講師役の先輩行員たちからも褒められる彼を見つめながら、率直に『すごいなあ』と賞賛の気持ちを抱く。


……と、これが、今の私の中にある数少ない越智くん──皐月くんとの、エピソード。

まさか、それから約２週間後……病院で目覚めたら最後にある記憶から７年経っていて、しかも、この彼と結婚までしていようとは。

あの頃の私は、知る由もなかったのである。