新妻ですが、離婚を所望いたします~御曹司との甘くて淫らな新婚生活~
「では礼さん、今はまだ混乱しているでしょうが、ひとまずゆっくり身体を休めてください」



そんな言葉を残し、医師が病室を出て行った。

室内に残されたのは、私と──何がどうしてそうなったのか、どうやら現在は私の夫らしい、越智くんのふたり。

ドアの閉まる音と医師の足音が遠ざかってしまえば、私たちを包むのは沈黙という名の静寂だ。


目覚めて早々衝撃的な事実を聞かされた私は、あれから、主に頭部に関してのいろいろな検査や診察を受けた。

結果、目に見える形で異常は見つからず……けれどもどうやら、私の中から約7年分の記憶がまるごと抜けてしまっているらしいという結論に達したのだ。

いわゆる、記憶喪失の状態。階段を落ちたときに頭を打ったことで、そんな症状が引き起こされたのではないかという話だったけれど……もうなんだか、私には今のこの状況が現実離れしすぎていて。

もしかしたら、これは全部夢で──今この世界で一旦眠って次に目を覚ませば、私はやっぱり22歳で独身の“宮坂 礼”に戻っているんじゃないか、なんて。そんなことを、思ってしまっている。



「……礼。検査で異常なかったとはいえ一応何針か頭を縫ってるんだし、横になっていた方がいい」



ベッドの傍らに立つ越智くんが私を見下ろし、静かに言った。



「あ。うん」



私は彼の言葉に素直にうなずき、もぞもぞと身体を横たえる。

やっぱり、名前呼び捨て……まあ、夫婦なんだから、普通だよね。……慣れないなあ。

そういえば、担当医らしいさっきまで話していた医師も、記憶喪失がわかってから私を呼ぶときはずっと下の名前だった。こちらは、『越智』の苗字で呼ばれ慣れていない私に配慮してくれたみたい。
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