恋、花びらに舞う
「前を向いて歩けよ」
目の前にあらわれた和真は、どこか不機嫌だった。
アイツと知り合いかと由梨絵を問いただし、芹沢圭吾が由梨絵が別れを告げた相手とわかると、「まだ忘れられないのか」 と怒ったように言い放った。
「バカにしないでよ。もう顔も忘れたわ」
由梨絵のひと言に和真の顔がニヤリと崩れ、人目もはばからず由梨絵の腰を引き寄せて、耳元でささやく。
「開発チームの芹沢か。今夜のパーティーにも出るはずだ、見せつけてやるか」
「彼と張り合うつもり?」
「まさか。勝負はついている、思い知らせてやるんだよ。ゆう、ドレスアップしてこいよ」
「言われなくてもそのつもりです」
口ほど圭吾に対抗意識はなさそうで、ゆうのその顔、いいね、これからベッドに行くか? などと悪い冗談を言って由梨絵の反応を面白がっていたが、ふと真顔になった。
「よし、決めた」
「何を決めたの?」
「最終日に教えてやる」
「なによ、気になるじゃない」
それには応じず、和真の表情がまた変わった。
「少し気温が上がってきたな。テスト走行のデータが必要だな」
アスファルトの熱を手で感じ取った和真は、瞬く間に勝負師の顔になり、「じゃぁな」 と片手を上げ、何ごともなかったように由梨絵から離れていった。
和真が何を決意したのかわからないが、最終日、すなわち決勝のあとまで口にする気はなさそうである。
教えてやるというのだから、由梨絵に無関係ではないのだろう。
何を聞いても、和真についていこうと心は決まっている。
風よけに立てたコートの襟を戻して背伸びをした由梨絵は、清々しい気持ちで足を踏み出した。