恋、花びらに舞う
明日の予定を伝えるように将来について告げた和真の声に、由梨絵は若苗色の帯締めを結ぶ手を止めた。
「レーシングスクールを立ち上げるつもりだって、チームの監督はやめるの?」
「今シーズンまで務める、次の契約更新はしない」
決定事項のように返事をした和真は、「いい色だね」 などと柄にもなく着物を褒めながら由梨絵に近づいた。
帯締めを整えて、帯を軽く叩いて締まり具合を確かめ着付けを終えた由梨絵は、全身を見せるように和真の前に立った。
裾には桜の花びらが舞い、左肩には蕾が描かれた訪問着は春の装いであった。
今年の初詣のおり、由梨絵の着物姿を気に入った和真は、遠征先の受賞パーティーでも着物を着て欲しいと願った。
桜柄を選んだのは季節を意識したため、金糸の刺繍の帯は 「表彰台のトップを狙う」 との和真の宣言を期待して、めでたい帯を選んだのだと由梨絵は着物について語った。
宣言通り一位を獲った受賞パーティーにふさわしい着物姿を披露した由梨絵を前にして、和真は嬉しくてたまらない。
満足そうに着物を眺めていた和真は、真顔になり、急に思いついたわけではないと話を戻した。
「レーシングスクールの生徒は、10代の子がほとんどだ。難しい年頃の子を預かる。ゆう、手伝ってくれないか」
「監督をやめること、チームのみんなには伝えたの?」
手伝ってほしいとの和真の頼みには返事をせず、由梨絵は心配を口にした。
「辞める時期は、まだ誰にも言っていないが、チームメンバーには、いつか自分のスクールを作りたいと話してきた。
このごろ、各地のスクール見学に出かけることが多かったから、マネージャーの酒井あたりは薄々気がついているだろう……ゆうは反対か」
海外遠征先のレーシングスクールを視察して情報を集めてきた、スクールメンバーの海外修行先の候補も絞った、など、和真の言葉は滑らかだったが、由梨絵に訴える必死さもあった。
「もう決めたんでしょう? 私が反対して、あなた、やめる? やめないでしょう」
「じゃぁ、手伝ってくれるんだな」
「えぇ……スクールのこと、もっと詳しく聞かせて。個人のスクール? それとも、企業の傘下に入るの?」
由梨絵がスクール設立に反対ではなさそうだとわかり、和真は胸をなでおろした。
「個人のスクールだが、企業との連携は必須だ。マシンあってのレーサーだからね。
自分の手で若い才能を育てて、レースチームに送り込む、そこまでが俺の仕事だ。
育てるには時間と人手が必要だ、費用もかかる。実現するのはもう少し先だと思っていたが、スポンサーのめどがついた」
以前、ホテルで会った 『若獅子会』 の幹事の高辻を覚えているかと言われて、由梨絵はうなずいた。
関西経済界の二世が集まる会との交流から、スクールの設立が具体化したと和真は打ち明けた。