【社内公認】疑似夫婦-私たち(今のところはまだ)やましくありません!-
部屋の雰囲気は、他の部署とはまるで違っていた。個人のデスクは隅にあって、代わりに部屋の中央に大きなテーブルが並べて二台。作業用なのか打ち合わせ用なのかわからないそのテーブルの上には雑誌や資料やお菓子が散乱していて、大学の部室を思わせた。
「あ、いらっしゃーい」
声がしたほうに顔を向けると、ちょうど死角になっていた入って左手すぐのデスクに人がいた。その人は壁側に向かってバランスボールに座りながらノートパソコンで作業をしていたところ、振り返って立ち上がり、こちらに近付いてくる。
明るく上品な色の緩く巻かれた長い髪。今晩いきなり立食パーティーに呼ばれても耐え得る華やかでシックなワンピース。クリッとした大きな目に大きな口は、私にも憶えがあった。――広報部の魔女、湯川(ゆかわ)映子(えいこ)さん。
「ええっと……アレよね! 今日から来ることになってた……」
「吉澤奈都です」
「そう! なっちゃん! ごめんね、私名前だけを覚えるのがほんと苦手で……どうしても記号みたいになっちゃうのよね。対面で会ったら絶対忘れないから! もう大丈夫! 私は広報の湯川です」
そのパワフルさに圧倒されてしまう。私が一言名乗る間に何倍もの情報が返ってきて、私は次の言葉がなかなか出てこなかった。初対面で〝なっちゃん〟とあだ名をつけてくれる気安さ。そして〝対面で会ったら絶対に忘れない〟って、しれっと今ものすごいこと言いましたよ!? さすが広報部の魔女……。〝社内のおじさまで転がせない相手はいない〟という話も、これなら納得です。