眠れぬ夜のお嬢様と執事の寝物語〜温かいハーブティーをどうぞ。さ、おやすみなさいませ〜
眠れぬ夜 二日目
ようこそ、眠れぬお嬢様。 本日のハーブティーは、カモマイル・ジャーマンです……
今日も私は眠れない。
時間をもてあました私はスマホをいじっていた。
執事の時實《ときざね》が「失礼いたします」と一声かけて入室してきた。続いて静真《しずま》がサービスカートを押して入ってくる。
眠りの前の一杯のお茶を淹れてくれるようだ。
「カモマイル・ジャーマンのハーブティーです。お疲れのようですから、安眠薬ですよ」
小机に置くと、あたりにふわっと繊細な花の香りが漂う。透明のティーポットには黄色と白のカモミールの花が浮いていて可愛らしい。
「ありがとう」
私はスマホをいじりながら時實にお礼を言う。手に取って一口。
白湯の中にりんごのような味と花の香りが溶け込んでいる。
まろやかでやさしい味。
ふう。
そしてスマホの画面に戻る。
「スマートフォンの光は目に悪うございますよ」
……時實にたしなめられてしまった。
「でもー……」
たしかにスマートフォンから出るブルーライトは目に悪いって言うけど……。
「静真、代わりに操作を」
「はい」
「えっ、恥ずかしい……」
私はどきっとして慌ててスマホの画面を消す。
「私は召使いです。お気にならさず」
今年二十五になった静真は、ベッドの横まで進み出ると跪き、賢そうな顔を私に向けて優しく微笑んでくれる。
「そうは言っても……」
たしかに、起きる時も寝る時も付きっきりに世話をしてもらっているし、出掛ける時には鞄の中身の出し入れまで、私は全て使用人任せだ。
スマホだけ恥ずかしがるのもなんだかおかしな気がしてきた。
彼らのことは深く信頼しているし、任せてみてもいいのかもしれない。
スマホの光で眠れないのは困るし……。
「そう……ね。お願い、してみようかな」
私は変な画面を開いていないことを入念に確認した後、ロックを解除したまま、静真のたくましいてのひらにスマホを預ける。
「失礼いたします」
静真は私に光が漏れないように気を配りながら、私のスマホの画面を見ている。
(や、やっぱ、そわそわ、落ち着かない……)
私は照れながら、じっと待つ。
公私の「私」の部分を決して見せない静真が、スマホを手に持って慣れたように使っているというのがなんだか新鮮だった。
(こうして見ると、普通の二十代の男の子だよね……)
すると静真は、指を止めて、私になにか言おうか迷ったような間を空けてから、
「ベリーズカフェ? カフェのお店のホームページでしょうか?」
と言った。
「ちがうの……小説を読めるサイトなの」
私がそう言うと、静真は合点がいったように、
「スマートフォンで小説をお読みになっていらっしゃったのですね」
とひとつ頷く。
「うん」
「ご朗読いたします」
「ありがとう……」
時實が照明を暗めに落として、扉横に待機する中、
静真は、重大な仕事を任されたかのごとく胸を張ると、
「……第二の破滅フラグがやってきた、私のご機嫌気分は一気に吹っ飛んでしまった……」
テンプレートを知らない人にはなんだかよくわからない展開にも動じずに、乙女ゲームの中の悪役令嬢のこまっしゃくれたセリフまで丁寧にきちんと読み上げてくれた。
「……というわけで彼をうちで養子にすることになったのだよ。カタリナ、カタリナ。聞いているかい? ……は、はい!お父様、もちろんちゃんと聞いておりますわ……」
笑うわけでもなく、馬鹿にするでもなく、心を込めて真面目に。
小説サイトの文章を読み上げられることに、初めは違和感があったけど、時間が経つにつれて次第に慣れていった。
一生懸命読んでくれる静真は、今何を考えているのだろう、なんていう思いも、物語の面白さが勝ってどうでもよくなっていく。
目を閉じたまま、絵本を読み聞かせられる子どものように甘えたまま、
私は物語世界に没入していくかのように、夢の中に落ちていった――
時間をもてあました私はスマホをいじっていた。
執事の時實《ときざね》が「失礼いたします」と一声かけて入室してきた。続いて静真《しずま》がサービスカートを押して入ってくる。
眠りの前の一杯のお茶を淹れてくれるようだ。
「カモマイル・ジャーマンのハーブティーです。お疲れのようですから、安眠薬ですよ」
小机に置くと、あたりにふわっと繊細な花の香りが漂う。透明のティーポットには黄色と白のカモミールの花が浮いていて可愛らしい。
「ありがとう」
私はスマホをいじりながら時實にお礼を言う。手に取って一口。
白湯の中にりんごのような味と花の香りが溶け込んでいる。
まろやかでやさしい味。
ふう。
そしてスマホの画面に戻る。
「スマートフォンの光は目に悪うございますよ」
……時實にたしなめられてしまった。
「でもー……」
たしかにスマートフォンから出るブルーライトは目に悪いって言うけど……。
「静真、代わりに操作を」
「はい」
「えっ、恥ずかしい……」
私はどきっとして慌ててスマホの画面を消す。
「私は召使いです。お気にならさず」
今年二十五になった静真は、ベッドの横まで進み出ると跪き、賢そうな顔を私に向けて優しく微笑んでくれる。
「そうは言っても……」
たしかに、起きる時も寝る時も付きっきりに世話をしてもらっているし、出掛ける時には鞄の中身の出し入れまで、私は全て使用人任せだ。
スマホだけ恥ずかしがるのもなんだかおかしな気がしてきた。
彼らのことは深く信頼しているし、任せてみてもいいのかもしれない。
スマホの光で眠れないのは困るし……。
「そう……ね。お願い、してみようかな」
私は変な画面を開いていないことを入念に確認した後、ロックを解除したまま、静真のたくましいてのひらにスマホを預ける。
「失礼いたします」
静真は私に光が漏れないように気を配りながら、私のスマホの画面を見ている。
(や、やっぱ、そわそわ、落ち着かない……)
私は照れながら、じっと待つ。
公私の「私」の部分を決して見せない静真が、スマホを手に持って慣れたように使っているというのがなんだか新鮮だった。
(こうして見ると、普通の二十代の男の子だよね……)
すると静真は、指を止めて、私になにか言おうか迷ったような間を空けてから、
「ベリーズカフェ? カフェのお店のホームページでしょうか?」
と言った。
「ちがうの……小説を読めるサイトなの」
私がそう言うと、静真は合点がいったように、
「スマートフォンで小説をお読みになっていらっしゃったのですね」
とひとつ頷く。
「うん」
「ご朗読いたします」
「ありがとう……」
時實が照明を暗めに落として、扉横に待機する中、
静真は、重大な仕事を任されたかのごとく胸を張ると、
「……第二の破滅フラグがやってきた、私のご機嫌気分は一気に吹っ飛んでしまった……」
テンプレートを知らない人にはなんだかよくわからない展開にも動じずに、乙女ゲームの中の悪役令嬢のこまっしゃくれたセリフまで丁寧にきちんと読み上げてくれた。
「……というわけで彼をうちで養子にすることになったのだよ。カタリナ、カタリナ。聞いているかい? ……は、はい!お父様、もちろんちゃんと聞いておりますわ……」
笑うわけでもなく、馬鹿にするでもなく、心を込めて真面目に。
小説サイトの文章を読み上げられることに、初めは違和感があったけど、時間が経つにつれて次第に慣れていった。
一生懸命読んでくれる静真は、今何を考えているのだろう、なんていう思いも、物語の面白さが勝ってどうでもよくなっていく。
目を閉じたまま、絵本を読み聞かせられる子どものように甘えたまま、
私は物語世界に没入していくかのように、夢の中に落ちていった――