また、いつか
三
そんな文字通りままごとのような夫婦の時を過ごして幾年ー。
障害を抱えながらも夫治憲の愛に包まれて穏やかに過ごしてきた幸姫は、30歳の声を聞いたその年、いよいよ最期の時を迎えようとしていた。
幸姫の障害を考えればよくぞ三十路まで持ってくれたと思えるほどなのだが、治憲の心は今千切れてしまいそうだ。
日々弱っていく妻に為すすべもなく、治憲は勤め以外の時間はずっと彼女の傍らで過ごした。
「早く元気になってください。
貴女が起きられるようになったら、また新しい人形を作って遊びましょう」
妻の手を握って、夫は囁き続ける。
「歩けるようになったら、屋敷の外に出てみましょう。
大丈夫ですよ、手を繋いで離しませんからね」
「走れるようになったら、町に出てみましょう。
貴女に似合う簪を買ってあげましょうね」
夢はどんどん広がって行く。
「もっと元気になったら、少し遠出をしてみましょう。
美味しい蕎麦屋や鰻屋で、お腹いっぱい食べましょう」
「ああそうだ。
今度こそ一緒に国元に行きましょう。
私が馬でお連れしますからね」
江戸屋敷から出たことがない幸姫にとって、全てが初めて見るものだ。
貴女に、他の世界を見せてあげるからー。
だから、よし…。
早く元気になって、また私にその可愛い笑顔を見せてください。
障害を抱えながらも夫治憲の愛に包まれて穏やかに過ごしてきた幸姫は、30歳の声を聞いたその年、いよいよ最期の時を迎えようとしていた。
幸姫の障害を考えればよくぞ三十路まで持ってくれたと思えるほどなのだが、治憲の心は今千切れてしまいそうだ。
日々弱っていく妻に為すすべもなく、治憲は勤め以外の時間はずっと彼女の傍らで過ごした。
「早く元気になってください。
貴女が起きられるようになったら、また新しい人形を作って遊びましょう」
妻の手を握って、夫は囁き続ける。
「歩けるようになったら、屋敷の外に出てみましょう。
大丈夫ですよ、手を繋いで離しませんからね」
「走れるようになったら、町に出てみましょう。
貴女に似合う簪を買ってあげましょうね」
夢はどんどん広がって行く。
「もっと元気になったら、少し遠出をしてみましょう。
美味しい蕎麦屋や鰻屋で、お腹いっぱい食べましょう」
「ああそうだ。
今度こそ一緒に国元に行きましょう。
私が馬でお連れしますからね」
江戸屋敷から出たことがない幸姫にとって、全てが初めて見るものだ。
貴女に、他の世界を見せてあげるからー。
だから、よし…。
早く元気になって、また私にその可愛い笑顔を見せてください。